某国到着。初手、ドライヤー逝く。
デュラチャ(仮)の掲示板です。雑談、イラスト、小説投稿、待ち合わせ、悩み相談等に利用してください。基本的なルールやマナーを守れない方はご利用できませんのでご了承ください。
某国到着。初手、ドライヤー逝く。
デュラチャはデジタルホーム。どこへ行っても帰る場所があり、ここへ来ると日常の自分にアクセスできる。
世界には温度があると誰かが言ったが、感じられない旅先の気温を想像することが私はひどく苦手だ。三度に渡り空調スイッチのレクチャーを受けたが部屋の温度は寒いままで結局毛布を借りた。フロントスタッフはやれやれという顔をしないでもなかったが、初手でくれていたらお互い楽だったとも思う。
昼食にありつく。とっさの一言が出てこないが、時間とAIがあれば意思は伝わる。辿々しいのは日本語でも同じだ。
誰かが置いた。それだけが分かる巨石列群
朝のコーヒー飲み放題は嬉しい。それもでかいポットでテーブル付きのは
寒くて風邪ひきそう。鼻水が出てる。
都市も田舎も運転した。自分の人生の運転はアンコントローラブル
ようやく一心地つく。今日は庭園がよかった。宿とレストランは空港近くで安心感が少ない
ひとまず起きたので、紅茶を淹れる。ティーバッグで。濃く出してミルクで割ろう、あ、そうだ。わざわざ牛乳を昨日スーパーで買ってたんだ。寒いし面倒だが車へ取りに行こう
結局面倒で、車なら取りに行かず、布団に足を突っ込み連絡を返してるうちに、すっかり紅茶が冷めてなおかつ1日のやる気もそれともにトーンダウンしてしまった様子。はて、寝ようかなもう一度...
硬水なのになんで紅茶をガンガン淹れるのだろう。単に硬水だからなのかな...
→ 渋みが抑えられるのと、ミルクティー文化だから香はそこまで元より重要でなかったらしい
軟水はそも手に入らなかった昔は
ベッドサイドテーブルにマグカップ用のコースターが置かれているのは、生活様式が表れていて良いと思った
突端にきた
アーサー王伝説は古今東西の物語の一つのテンプレと言える。
『「一介の少年が自ら高貴な出自を知り、仲間と共に成長していく英雄物語」であり「魔術師やドラゴン、妖精など超自然的な存在のほか、騎士と王妃とのラブロマンス」まで味わえる』(引用:アーサー王物語 解剖図鑑/渡邉浩司/かみゆ歴史編集部/2024,8,31)。日本のアニメや漫画で思い当たる作品は数多い。
名もなき者が出自を自覚することで力を目覚めさせ成長していくストーリー"Conscious Roots"について。日本では「何者になれない」ことで悩む人が多いように思う。桃太郎もまた桃から生まれたエリートである。
果たしてアーサーが魔術師マーリンによって石に刺さったエクスカリバー(聖剣)を用意されなかったらどうなっていただろうと私は考える。その場合、彼は高貴な出自に生まれながらも自覚なき一生を辿りそのまま"王になることなく"死んでいったのではないだろうか。いやマーリンや妖精との出会いは運命的であり前王の下に生まれた時点で必然の障害だったとも言えるが、あえてこの"引き抜かなかった時の物語"を考えてみたい。というか私はやはりそっちに惹かれるのだ。
アーサーが王になれたのは、高貴な生まれや筆頭の血筋だからではなく、そのことを自覚したからということ。自覚によって揺るぎないアイデンティティを手にし、苦境に陥ろうとも我こそはブリテンを統べる者なのだという自信が彼を王たらしめる。比較に出すならば、同じく騎士道物語ながら、ドン・キホーテはまったくの無根拠の自信に満ちた一種の狂人であり、狂人であるからこそ彼にはエクスカリバーは要らなかった。
だが、2人の違いは周囲が王と認めるか否かだろう。ドン・キホーテのズレ感はそういった自他の認知の違いによるもので、果たして私は今の時代に、どちらのモデルが適しているだろうかと考える。
言わずもがな、王家に生まれた者が正統な継承者であり、それは全人口の0.0000?%の存在である。当たり前だが誰もが王にはなれない。王になれずとも成功者になることを夢みたとして、その土台にエリートの後ろ盾を持っているケースが殆どだ。
ここでアーサー王臣下の円卓の騎士たちを見てみる。彼らもまた歴としたエリートであることはそれぞれの出自から明らかである。主要なところを挙げると、ガウェイン(ロット王の息子)、ランスロット(バン王の息子)、トリスタン(リオネス王の息子)、そしてモードレッド(アーサー王の不義の子)がいる。
即ち"上級国民"たちの物語ともとれる。また、この血筋は同時に深い因縁をはらんでおり、結局はそのカルマによって騎士団も内部崩壊するわけで、私はこのシステムは古いと思う。
話がとっ散らかるからまとめる。
アーサー王がエクスカリバーに出会わなかった世界線と、ドン・キホーテがエクスカリバーを引き抜いてしまった世界線が私は見たい。
いや、ドン・キホーテは何者でもないからこそ勇者なのだ。何の後ろ盾なく自らの妄想とか過信でのみ突き進んでいく彼の勇姿こそ、今の時代にアイデンティティやルーツを見失い"何者かになりたくてなれない"ことに苦しむ若者へのメッセージと感じる。
あるいは、王になれずとも、好きな村の娘と結婚し、誰とも争わずに小さな幸せを手に一生を終える平民のアーサーを。
同じホテルに2度も忘れ物をした。1度目はポーチ、2度目はコート。今日は西に1時間半戻る。
何かを忘れている
忘れていることすら忘れている
終わりたいのに終われない
そこを去るには忘れているものがある
旅をふりかえると、そこには日が落ちた直後の昼でも夜でもない曖昧でどっちつかずのやるせない表情が広がっていた。
この旅は、直前の10月3日に関西某所での一大イベントを終えてすぐの出来事だった。前々から計画してたといえ、まるで高飛びのような移動ぶりに心と体は全く追いつかなかった。
それでも旅先でイベント前後のドタバタを振り返ることができると楽観的に考え、ひとまずスーツケースに詰め込んで機内に乗った。気づけば明日、帰国を前にしている。
旅の期間中は濃厚で、それは日本でのイベントのような慌ただしさとは別種で、宿を当日まで決めないスタイルからなのか、ベタな観光地を避けたマニアックな地の果てを追い求めるせいなのかはわからないが、兎に角ずっと落ち着きがなかった。
ゆっくりとボーッと思索の風呂敷を広げたくても、今晩の宿が決まらぬうちはそれどころではない。だが、西へと足を進めるうちにかの地から受ける土地の記憶や歴史の教訓が少なからず私に語りかけてくるものはあった。
また、久しぶりに海外に10日以上滞在したことから外国語への慣れや興味が出てきたり、車旅の良さを体感したり、歴史や文化を辿る糸口となる海外文学への好奇心が湧いてきたりするなど、それなりに"海外っぽい"感覚に染まった。
だが日常は厳格で現実的でカレンダーの後半に待ち構えて役人のようにいやらしく時計を指してくる。私はこの曖昧な日々を今、振り返らなければならない。出国前に描いた旅のイメージとの相違を埋める作業をしないといけない。
出国直前に奔走したイベントは一大事件と言ってもいいほど慌ただしく、単に忙しいだけならまだしも、主催者の制限を設けぬアイデアの泉から湧く立案を周囲が身を犠牲にしてお膳立てする式の、現代版「アーサー王と円卓の騎士」だった(※私の本作への理解は、旅行中に解説本とトマス・マロリーの訳本を流し読みした程度です)。
すなわち、絶対的な王の下に各地から選り抜かれた優秀な騎士たちが我らがブリテン島の平和のために活躍する(?)シナリオで、後半はそれぞれが迷走した挙句に内部崩壊していくシナリオである。これを今回の日本でのイベントに当てはまるならば、少々ミスリードな点がある。
かのイベント主催者はアーサー王のように偉大(とされる)ではなくどちらかというと人間的で、ビジョンは壮大だが人使いが極めて荒く好き嫌いも激しい。初心は純粋であっても今はエゴが滲み出てきており、使える部下たちはそのせいで疲弊しながら巻き込まれている。
一つ大事なポイントとして、解説ではなくアーサー王伝説本編を読めば分かることだが、伝説というのは間違いなく美化される。美化されるから伝説なのだ。伝え聞く話なのだ。実際に、現場で、具体的に何が起きてるか知ったものは、物事は良し悪しを混ぜて一体となっているのを知っているため、美談にも伝説にもしない。アーサー王伝説本編を読むと、アーサー王も円座の騎士たちも尊大な人格者の一面の裏にひどく勝手でマッチョ思考な面を持っている。
つづく
私が考えたいのは、イベント以後に間をおかずにやってきたこの旅の意味と、イベント+旅を経たあとに何がやってくるのか。私はそこにどういう心持ちで余後を送ればいいのか。ただそれだけなのです。
その意味では、頼りになる指針を一つ足りとも見出せぬまま今を迎えて、最後を祝うビールを遮るもののない西の海を前にして飲んでいるのです。
おそらく私は、あのイベント自体について、相当後ろ向きな姿勢でいました。皆が必死で船を漕いでいるとしたら、私はその最後方にいて誰もがピンチと感じた時にようやく動き出すといった感じで。言われなければオール(櫂)すら持とうとしませんでした。
それくらい消極的であったにも関わらず、クライマックスを迎えたイベント当日になると尻に火がついたように忙しなく動き、少なからず他の船員たちに止まるような最低限の働きをしました(代償として、終日走り回った私の左膝はその後1週間にわたって痛みました)。
イベントが終わると、やっと終わった、ついに終わったと安堵し、しかしまた別の異なる試練として迎える今回の旅を前にして無事に帰れるだろうかという不安と緊張を胸に、少なくないパニック成分を含みながらドギマギしていました。
ほんの10日前に抱いていた未知への不安に対する未来の私からの返答は、かくも地味なものになります。それはすなわち
「旅は順調と言えば順調で、恐れていた車の事故や事件に巻き込まれるなどは一切なくー強いて言えばスピード違反はあったかもしれないけどー、生命を左右するようなトラブルには巻き込まれなかった。
だが、安全が保障されると今度は別の物足りなさに満ち溢れていて、それは折角わざわざ海外まで来て何もこれといった特別な何かを掴み取ることなく“ごく普通のそれなりに楽しめた"程度の感想で終わることである。
結局は、イベントが終わった安堵の瞬間から次なる押し寄せる日々への間に英国製の見慣れるクッションを挟んだに過ぎず、帰国すればまた元のように嵐の中でくるくると巻き込まれる力なき紙飛行機のような毎日を送るだけではないかと。」
出国前の私はそれを聞いてなんと思うか。無事に終わっただけでもありがたい。私はハンドルを握るけれど、ナビを入力するのは私ではないのだと。
一体あのイベントはなんの意味があったのだろうか。意味など元からない。大変なことが起き、それに巻き込まれ、気づけば嵐が過ぎていた。ただそれだけなのだと。私は何かを期待していたのだろうか。この旅を通して、嵐に巻き込まれる日々から逃れることができるようになるだろうなどとでも。
もしよかったら、差し支えない範囲でかまいませんので、異国の風景をみせてもらえませんか。
帰国報告。
品位や民度について考える帰路だった。
その点で某国の紳士ぶりが心に残った。
@落穂拾い
気づくの遅れました
ちょっと待ってくださいね。時間できたらアップします。
(※画像はイメージが付くのとアピールみたいになるのが嫌であえて貼りませんでした)
【旅行後記および写真のアップについて】
旅行中と記述を切り分けるため、別スレッドを作りました。→ → 『彼國旅想記』
特定の固有名詞などを載せるため、鍵付きとさせていただきます(Cornwallの現地語でkから始まる6文字です)。
無事に帰国されたとのこと、なによりです。
ありがとうございます。楽しみに見せていただきますね。
@落穂拾い
すぐに気づけず失礼しました。トランジットが長かったため、ボーッとしてました汗
パスが分かりづらければまたご連絡ください
日本もやはり中国同様に"アジア視"圏内と感じる。
同一種族の閉鎖的なコミュニティということ。これは某国から某国を経ての帰路となった時に強く感じた点。詳しくはまた別にメモがあるので後述する(写真でふりかえるの『彼國旅想記』とは違いテキストで考えたいのでこちらに書く)。
簡単にいうと、少なくとも中国以東の日本を含むアジア文化圏では"公共の場ですれ違う赤の他人に対してのアイコンタクトや簡単な挨拶をすること"が日常的ではなく、むしろ目が合わず見えない壁があるように感じる。これは歴史的背景を持つ文化的シャイさであって、某国の"パブリック・プライバシー"と単純な比較はできない。それぞれの国の尊重するべき姿勢であり、一概にどう振る舞うべきという二項対立的には語られない。
しかしながら私は想う、いや感じるのだ、アジア人の視線(それ)に。同じホテルの公共空間にしても、彼らは見えない壁を背負って生きている。一方、某国人は赤の他人であっても"同じ地球人、同族だよね"と言わんばかりに驚くほど社交的でカインドネス(親切な)な接し方をする。レイシストは別として、同じ空間いる人間同士仲良くやるのが当たり前という文化に、私は民度という言葉をあえて使っての賞賛をせざるを得なかった。
そう、我々は同じ人間なのだ。グループ、コミュニティ、人種、民族、国籍が違ったとしても我々は仲間なのだ。だが、こと日本人はそういった巨視的な視点よりも表面における違いを微視的に感じ取って生きているように思う。それは我々の持つ繊細さであり、一方でローカリズムの皮をまとった排他性でもある。某国のポライトネスをどう自分自身身につけていったらいいかが今後の課題と思う。
同時に歴史的な某国の他国への接し方を含めた浅い考察については、固有名詞とともに書いていたので『彼國旅想記』に転載することにする。
無事見られました。ありがとうございました。
1枚目の天使の梯子がとても気に入りました。写真で見ても息を呑む美しさですから、実物はさぞ壮観だったことと思います。
ひと月ほど前に欧米を訪れており、時折差し込む旅愁を掲示板で紛らわしていたのをふと思い出していました。
これからも更新を楽しみにしています。
@落穂拾い
そうだったのですね!欧米行かれてたのですね。気候が似ていますよね
継続できるか分かりませんが、旅を旅で終わらせたくないので、引き続き時間のある時に更新できればと思います。