グリム童話
「マリアのこども」
「びゃくしんの木」
アンデルセン童話
「さよなきどり」
「モミの木」
内容は以前のものと同じですが、文章を少し改めてあります。
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グリム童話
「マリアのこども」
「びゃくしんの木」
アンデルセン童話
「さよなきどり」
「モミの木」
内容は以前のものと同じですが、文章を少し改めてあります。
「マリアのこども」
大きな森の近くに、きこりの夫婦が暮らしていました。夫婦には、野に咲く花も恥じらうほどに可愛らしい、小さな娘がいて、それは大切に育てていました。
しかし、夫婦の暮らしは貧しく、もう明日のパンも手に入らなくなり、どうしたら可愛い娘を食べさせてあげられるのかと、途方に暮れてしまいました。
ある日、きこりは悲しみながら、森へ仕事に出かけました。そして、いつものように木をきっていると、目の前に突然、背の高い、輝く星の冠の女があらわれて言いました。
「わたくしは聖母マリア。キリストの母です。貧しいきこりよ、お前の娘をわたくしのところへつかわしなさい。わたくしがその子の母となり、育てましょう」
きこりはこれをきくと涙をこぼして感謝し、聖母さまへ娘をたくしました。そして、娘は聖母さまとともに天国へ行き、幸せな生活を送りました。
食事は砂糖菓子と甘いミルク、服は黄金でできていて、遊び相手は天使たちでした。
娘が14歳になったある日、聖母さまは娘に言いました。「可愛い娘。わたくしはしばらく出かけます。その間、お前が天国の13の扉を守るのです。このうちの12の扉は中にある栄光を見てもいいでしょう。しかし13番目は、いちばん小さな鍵の扉だけは、開けることを禁じます。もしこの約束をやぶれば、お前に不幸とのろいがふりかかります」
娘は鍵をうけとり、約束を守るとちかいました。
聖母さまが出かけていなくなってしまうと、娘は天国の扉を開けて中を見ることにしました。
扉の向こうには、まばゆい光の中に、使徒の1人が座っていて、娘を見るとほほえんでくれました。娘はその荘厳さに喜び、いつもついてくる遊び相手の天使たちも喜びました。
そして毎日、1つずつ扉を開けていき、すっかり12の部屋をひとまわりしてしまいました。残されたのは、13番目の扉だけです。
最初はがまんしていた娘も、とうとう、その扉の向こうに何があるのか見たくてたまらなくなりました。
そこで娘は、天使たちに、「ほんの少しだけ扉を開けて、隙間から中を覗くだけよ。中へはもちろん入らないし、これなら聖母さまにもわからないわ」と言いました。
しかし、天使たちは「だめだよ、それは罪になる。聖母さまに嘘はつけない。そんなことをすれば、あなたはきっと不幸になる」と口々に答えました。
そう言われて娘は黙りましたが、13番目の扉を見たいという気持ちはなくならず、それどころか、時がたつほどに大きく重くなり、娘を苦しめました。
ある日、遊び相手の天使たちが出かけてしまい、娘は1人きりになりました。娘は今なら誰にも知られずに13番目の扉を開けられると喜んで、小さな鍵を取り出しました。
13番目の扉に鍵を差し込むと、扉はひとりでにぱっと開き、内から黄金に輝く炎がふきだし、その中に父と子と精霊が座っているのが見えました。
娘はあまりのことに驚いて動けず、彼らのことをながめていました。すると、立ちすくむ娘の指に炎が触れたと思うと、娘の指はまったく黄金に変わってしまいました。
それを見た娘は恐ろしくなり、慌てて扉を閉めて逃げ出しました。心臓は早鐘を打って静まらず、指の黄金も、どんなに洗っても取れません。
恐怖におびえる娘のもとへ、聖母さまが帰ってきて、扉の鍵を返すように言いました。
鍵をうけとると、聖母さまは「約束は破りませんでしたか?」と娘の目を覗き込みながら言いました。
「はい、13番目の扉は開けませんでした」娘は息が早くなるのをこらえながら答えましたが、聖母さまは娘の胸がどきどきしているのに気付きました。
「確かに、わたくしとの約束を守ったのですね?」もう1度、聖母さまは同じことを聞きました。「はい」娘も同じ返事をしました。
その時、娘の指先が黄金になっていることを見つけた聖母さまは、娘が嘘をついていることをさとり、また「この小さな鍵を、お前は使わなかったのですね?」とたずねました。
「はい」娘がそう答えるやいなや、聖母さまは「お前は約束を違えたばかりか、わたくしに嘘をつきましたね。お前を天国へ住まわせることはもうできません」と言いました。
その声を聞くと、娘はたちまち深い眠りに落ちてしまいました。
目を覚ますと、娘は天国からおとされて、荒野のまんなかに1人きりでした。娘は悲しみのあまり叫びたいと思いましたが、喉がかれて、声が出ませんでした。
娘はどこかへ逃げたいと思いましたが、周りはいばらに囲まれて、閉じ込められてしまっていました。
荒野にはうろのある大きな木が立っていて、娘はそれを新しい住まいにしなくてはなりませんでした。夜が来るとそこで眠り、風や雨をしのがなくてはなりませんでした。
1人ぼっちで荒野にいると、遊び相手の天使たちのことが恋しくなりました。
いばらに傷つきながら食べ物を探していると、砂糖菓子や甘いミルクのことが思い出されました。
木の根を食べながら、娘は、これまでの天国での暮らしがどれほど幸福だったかを知り、激しく泣きました。
秋になると、いずれ雪で凍えずにすむように、落ち葉や木の実を拾い、うろへ運びました。
そうするうちに美しかった黄金の服はぼろぼろになってしまい、娘は赤裸になってしまいましたが、髪が長く長くのびてきて、娘の身体をマントのように隠していました。
太陽が暖かく荒野を照らすと、娘はうろの前へ座り、世界の苦しみと自分の惨めさを感じ、天国のことを考えて泣きました。
いく日も経って、木々がみずみずしく緑色になった頃、荒野の近くのある国の王様が、狩をしていました。
シカを追いかけて、いばらの囲いを切り開き、無理矢理に先へ進んでいくと、偶然、娘の住んでいる荒野へ出てきました。
その日は太陽が暖かな日でしたので、娘はうろの前に座っていて、王様はそれを見つけました。
足元まで金髪で覆われた素晴らしく美しい娘を見た王様は、驚いて立ち止まり、「君は誰? どうしてここに座っているの?」とたずねました。
しかし、娘は喉がかれてしまって声が出ません。
「私といっしょにお城へ行きませんか?」と王様が手を差し出すと、娘は少しうなずいて、いっしょに馬へ乗りました。
お城へ着くと、王様は娘に綺麗なドレスを用意し、あたたかい食事を与え、豪華な部屋を準備しました。
娘は口がきけませんでしたが、美しく、魅力的だったので、王様は娘を心から愛するようになり、やがて2人は結ばれることになりました。
あくる年、お妃さまになった娘は、男の子を産みました。その夜、お妃さまのベッドへやってきた人があります。それは、懐かしい聖母さまでした。
「嘘つきの娘――もしお前が真実を言い、秘密を告白するなら、お前の喉を治して話せるようにしてあげましょう。
しかし、もしお前がなおも嘘をつくなら、お前の可愛い息子はわたくしのものになりますよ」
それから、お妃さまは返事をするためだけに声を出すことを許されましたが、「いいえ、聖母さま。私は13番目の扉を開けませんでした」と答えました。
それを聞いた聖母さまは、お妃さまの腕から男の子をとりあげ、さっと消えてしまいました。
次の朝、男の子が見つからなかったとき、お城の人々は、悲しみに泣くお妃さまを指して、あれは人食いで、自分の産んだ男の子を食べてしまったんだと噂しました。
お妃さまは何がきこえてきても、違うと言えませんでした。お妃さまの喉は、すっかりかれて声が出せなかったからです。
しかし、王様は噂話を少しも信じませんでした。お妃さまを愛していたからです。
それからまた季節がめぐったあくる年、お妃さまは再び男の子を産みました。そしてまた、夜に聖母さまが来て言いました。
「いじっぱりな娘! お前が素直な気持ちと正直な言葉を持つのなら、お前の息子を返し、お前の喉を治してあげましょう。
しかし、息子を失ってもなお、罪を隠し続けるのなら、その子もわたくしのものになりますよ」
お妃さまはまた「いいえ、聖母さま。私はあの小さな鍵を使いませんでした」と答えました。
聖母さまは何も言わずにお妃さまから男の子をうばうと、天国へ帰ってしまいました。
次の朝、2人目の男の子も消えてしまったとわかったお城の人々は、前よりも大きな声で、お妃さまを人食いだと噂しました。
そして、お妃さまを裁判にかけるべきだと言いました。
しかし、王様はその声にまったく取り合わず、それについて噂をする者は首をはねるぞと怒りました。お妃さまを愛していたからです。
次の年、お妃さまは、お妃さまにそっくりな美しい女の子を産みました。
そしてまた聖母さまは夜にやってきて、「娘よ、わたくしについてきなさい」と言い、お妃さまの手を引いて天国へ導きました。
天国では、上の2人の男の子が黄金の毬で遊んでいました。2人はお妃さまに気づくと微笑みました。その姿を見て喜ぶお妃さまを覗き込み、聖母さまは言いました。
「頑なな娘よ。お前の心はまだやわらがないのですか? お前が自分の罪を認めれば、あの子たちを返してあげましょう」
しかし、お妃さまは答えました。「いいえ、聖母さま。私はあなたとの約束をやぶったことはありません」
聖母さまは、お妃さまの3番目の女の子もとりあげてしまいました。
さて、朝になり、女の子がいなくなったことがわかると、お城の人々は大声で叫びました。「お妃さまは人食いだ! 裁判にかけなくては!」
騒ぎは国中に広がり、王様でさえ人々をおさえられなくなってしまいました。
裁判が行われると、お妃さまは何も言うことができなかったので、あっという間に火あぶりが決まってしまいました。
木が集められ、杭に縛られた時、お妃さまは見たこともないほど悲しそうな王様の顔を見て、自分の過ちをさとりました。
火が放たれ、周りで燃え始めた時、嘘つきの自分は天国へは行けないだろうと思って、ついにお妃さまの頑なな氷は溶け始めました。
「ああ! 死ぬ前に本当のことを言ってしまえたらいいのに! 子供たちを王様の元へ返してあげられたらいいのに!」
すると、不思議なことに、お妃さまの喉が治り、声が出ることに気づきました。
「はい、聖母さま。私は約束をやぶって、13番目の扉を開けました!」
お妃さまが大きな声を出した途端、空からさっと雨が降り注ぎ、お妃さまを襲う炎を消してしまいました。
驚く人々の前に、天国から光のすじが降りてきました。そこには、2人の男の子を従え、小さな女の子を抱いた聖母さまが立っていました。
聖母さまは優しく語りかけます。
「罪を悔い改める者は赦されます」
それから、王様とお妃さまと3人の子供たちは、聖母さまに見守られ、幸せに暮らしていきましたとさ。
「びゃくしんの木」
昔々、それはもう二千年は前のことですが、お金持ちの男がいました。
妻は美しく、神さまをよく信じる人で、2人はとても愛し合い、子供が欲しいと望んでいましたが、長い間さずかることができませんでした。
妻はいつも神さまにお祈りをして、子供をおさずけくださいとお願いしていました。
雪の降るある日、妻は庭のびゃくしんの木の下で縫い物をしていましたが、あやまって針で自分の指をついてしまい、その血が雪の上へ落ちました。
雪の上に落ちた血が、とても美しく見えたので、妻は思わずため息をついて言いました。
「ああ! 血のように赤く、雪のように白い、美しい子供がいたらいいのに!」
すると不思議なことに、なんだか子供がさずかるような、幸せな気分になり、妻は家へ入りました。
雪が消え、芽が出て、花が咲き、木々が緑になり、鳥たちが梢に遊ぶようになった頃、妻は再びびゃくしんの木の下へ行きました。
びゃくしんの木の花からはとても甘い香りがして、妻の心を楽しませました。
もう少しして、びゃくしんの木の実が大きくなる頃、妻の心はとても静かになりました。
また少しして、びゃくしんの木の実が食べられるようになった頃、妻は病になりました。
また少しして、びゃくしんの木の実が落ちる頃、妻は夫を呼んで言いました。
「私が死んだら、びゃくしんの木の下に埋めてください」
夫がそうすると約束すると、妻はとても安心して、嬉しそうにしました。
また少しして、妻は血のように赤く、雪のように白い、美しい男の子を産みました。
その子を見て、妻はたいそう喜んで、とうとう死んでしまいました。
それで、夫は妻との約束のとおり、妻をびゃくしんの木の下に埋めて、おおいに泣きました。
しばらく泣くと、少しだけ泣くことをがまんできるようになりました。
またしばらくして、夫は新しい妻をもらいました。
新しい妻との間には女の子が産まれて、マルレーンと名づけられました。
妻はマルレーンを見ると、可愛くて仕方がありませんでしたが、前の妻との息子を見ると、身が切られるような思いがしました。
それというのも、その男の子が素晴らしく可愛らしく、そして、お金持ちの夫の財産をいずれ全部もらえるからでした。
いつしか妻は、どうしたらマルレーンが夫にいちばん可愛がられて、全ての財産をもらえるようになるかという考えでいっぱいになりました。
こうした悪魔のような考えでいっぱいになった妻は、男の子を叩いたり、どなったりするようになりました。
それでとうとう、かわいそうな男の子はいつも怯えるようになってしまいました。
ある日、妻が自分の部屋にいると、マルレーンがやってきて、「お母さん。りんごをくださいな」と言いました。
妻はすぐさま箱からりんごをとってきて、1つあげました。
りんごをもらったマルレーンは「おにいちゃんにも1つくださいな」と言いました。
これを聞いた妻は怒りましたが、りんごの箱には大きな重い鉄のふたがついていることを思い出しました。
その時、妻は、まるで悪魔が入り込んだように恐ろしいことを思いつき、マルレーンからりんごを取りあげてしまってから、言いつけました。
「いいよ。ただし、兄さんが学校から帰ってきたらね。兄さんより先にりんごを食べちゃいけないよ」
妻がりんごを箱にしまうと、戸口に男の子が帰ってきました。
悪魔は優しく言います。「おかえり。お前、りんごを食べるかい?」
かわいそうな男の子が、「うん、お母さん。りんごをください」と答えると、悪魔は「さあ、自分でとりなさい」と箱のふたを開けてやりました。
男の子が箱の中に首を入れ、りんごを探している時、ついに悪魔が妻の手を動かしました。
ばたん。妻は重たいふたを閉めました。男の子の可愛い頭は首から離れ、箱の中のりんごといっしょにころがりました。
とたんに、妻はとても恐ろしくなりました。
「なんてことをしたんだろう! 誰も私のしわざだと気づかないようにしなくては!」
そこで、自分の部屋からハンカチをとってきて、男の子の身体に頭を乗せて、何も見えないように首にハンカチを巻きました。
それから男の子を椅子に座らせると、りんごをにぎらせて、しらんぷりをしていました。
少しして、マルレーンがまた妻のところへやってきました。
妻は暖炉の前で鍋の中身をかきまわしています。「お母さん」マルレーンが言いました。
「おにいちゃんが戸口のところに座っていて、りんごを手に持ってるの。りんごをちょうだいと言っても、何も言ってくれないわ。
とっても青い顔をしているの。こんなことってはじめてよ。なんだかこわいわ。お母さん、どうしたらいいかしら」
「もういちど兄さんのところへお行き」妻は答えました。
「それでも返事をしないようなら、ほっぺたを叩いてやりなさい」
言われて、マルレーンは男の子のところへ行き、「おにいちゃん、りんごをちょうだい」と言いました。
もちろん、男の子は何も言いません。マルレーンは悲しくなって、男の子のほっぺたを叩いてやりました。
すると、男の子の頭がとれて床へ落ちました。
マルレーンは驚き、怯えて、大声で泣きながら妻のところへ駆けていきました。
「ああ! お母さん! 私、おにいちゃんの頭をとっちゃった!」
「おお、マルレーン!」妻は言いました。
「なんてことをしたんだい! だけど、泣くのはおやめ。やってしまっちゃ仕方がない。誰にも言っちゃいけないよ。
もう仕方がないことなんだよ。そうだね、兄さんはスープにしてしまおう」
それから妻は、かわいそうな男の子を持ってきて、細かく刻み、鍋で煮込んでスープを作りました。
マルレーンはそのそばでずっと泣いて、その涙はどんどん鍋へ入るので、妻は少しも塩を使わなくてすみました。
さて、夫が帰ってきて、夕食になりました。
食卓につくと、夫は「おや、息子はどこだ?」とききました。
しかし、妻は大きな皿でスープを出すのに忙しく、マルレーンは泣いてばかりで答えません。
「息子はどこなんだ?」夫がまたきくと、「それはね」と妻がようやく言いました。
「向こうの、前の奥さんの大叔父さんのところへ行ったのよ。しばらくそこにいるってきかないもんだから」
夫は驚きました。「なんのために? 俺にはなにも言わなかったぞ」
「まあ、あの子は随分と前から行きたがってたわ。私に6週間も泊っていいかと聞いたのよ」
「ああ」夫はまだ驚いています。「なんだか変だな。あの子は俺になにか言うはずなんだがな」
夫は食事をはじめて、言いました。「マルレーン、なにを泣いてるんだ?」
マルレーンは泣いたままでなにも言いません。
夫はスープを食べて、「こいつはうまいな。今まで食べたことがない」と喜びました。
そうして、夫はスープを「なあ、お前たちは食べてくれるな」と言いながらどんどん食べました。
「なんだかこれは、まったく全て俺のものだという気がするんだ」言いながら、どんどん食べて、食べて食べて、とうとう、すっかりたいらげてしまいました。
食事の後、マルレーンは、自分の部屋からいちばん綺麗なハンカチをとってきて、男の子の骨を拾い集めました。
そうして、ハンカチで丁寧にくるんで、身が擦り切れるほどに涙を流しながら、びゃくしんの木のそばへ行きました。
マルレーンがびゃくしんの木の下へ立つと、木の枝が風に動いて、まるでマルレーンを慰めるように見えました。
マルレーンがびゃくしんの木の下へ男の子の骨を置くと、不思議に心が軽くなり、すっかり涙もひいてしまいました。
その時、木から霧が立ち上がるように見え、その霧が炎のように光ったと思うと、そこから素晴らしい声の鳥が飛び立ちました。
その鳥は空高く飛んで行き、もう霧も光も、びゃくしんの木の下に置いたハンカチと骨もなくなっていました。
しかし、マルレーンはなんだか、男の子がまだ生きているような明るい気持になり、嬉しくなりました。
そして、家へ入っていきました。
さて、鳥は高く飛んで行き、ある金細工師の家にとまり、歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した。ぼくのお父さん、ぼくを食べた。ぼくの妹、可愛いマルレーン。
ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた。
キヴィット、キヴィット! なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
金細工師は、自分の家の屋根で歌う鳥の声をきいて、立ち上がりました。
「鳥よ!」金細工師は叫びました。
「鳥よ、なんて綺麗な声だ! もういちど歌っておくれ」
「だめだよ」鳥は答えました。「ただでは歌えないよ。金の鎖をおくれ」
金細工師は、慌てて自分の金の鎖をとってくると、鳥に差し出しました。
「さあ、あげるよ。もういちど歌っておくれ」
鳥は金の鎖を爪でつかむと、さっきよりも金細工師の近くで歌ってやりました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した。ぼくのお父さん、ぼくを食べた。ぼくの妹、可愛いマルレーン。
ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた。
キヴィット、キヴィット! なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
それから鳥は靴屋へ飛んで行き、その家の屋根で歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した。ぼくのお父さん、ぼくを食べた。ぼくの妹、可愛いマルレーン。
ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた。
キヴィット、キヴィット! なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
靴屋はそれをきき、外へ走り出て、鳥を見上げて叫びました。
「鳥よ! なんて綺麗な歌だろう!」それから家の内の者を呼びました。
「お前たち、外へ出ておいで。あの鳥をごらん。なんと綺麗な声で歌うことか!」
靴屋の娘や妻、女中に下男、職人までもが外へ出て、鳥を見上げました。
そして、その鳥の羽のいかに真っ白で、赤が鮮やかか、くちばしがつやつやしていて、目の輝きが星のようであることを口々に褒めました。
「鳥よ!」靴屋は頼みました。「もういちど歌っておくれ」
「だめだよ」鳥は答えました。「ただでは歌えないよ。女の子が喜ぶ靴をおくれ」
靴屋は、妻に言いつけて、赤い靴をとってこさせました。そしてそれを鳥へ差し出します。
「さあ、これをあげるから、もういちど歌っておくれ」
鳥は、赤い靴を爪でつかむと、靴屋の人々の上を飛びながら歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した。ぼくのお父さん、ぼくを食べた。ぼくの妹、可愛いマルレーン。
ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた。
キヴィット、キヴィット! なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
歌い終わると、鳥は右の爪に金の鎖を、左の爪には赤い靴をつかんで、遠くの水車小屋まで飛んで行きました。
水車小屋には、20人の粉屋の男たちが働いていました。
鳥は、小屋の近くの木へとまると、歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した」
1人の男が仕事をやめて、鳥の声にきき入ります。
「ぼくのお父さん、ぼくを食べた」
もう2人が手を止めました。
「ぼくの妹、可愛いマルレーン」
また4人が手を止めました。
「ぼくの骨をハンカチに包んで」
もう8人しか仕事をしていません。
「びゃくしんの木の下に置いた」
もう5人しか仕事をしていません。
「キヴィット、キヴィット!」
もう1人だけが仕事をしているだけになりました。
「なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
とうとう最後の男も手を止めて、最後の言葉をききました。
「鳥よ」最後の男は言いました。
「お前は綺麗な声の鳥だ。おれにも最初からきかせてくれ。もういちど歌ってくれないか」
「だめだよ」鳥は言いました。「あの小屋の石うすをおくれ。そうしたらまた歌うよ」
最後の男は困りました。「俺だけのものなら、石うすをくれてやるんだが」
「いいよ」他の男たちが言いました。「鳥よ、もういちど歌ってくれるなら、石うすをあげよう」
そこで、男たちは石うすを服のえりのように、鳥の首にかけてやりました。
鳥は石うすの穴に首を入れて、それでもしっかりと羽ばたきながら歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した。ぼくのお父さん、ぼくを食べた。ぼくの妹、可愛いマルレーン。
ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた。
キヴィット、キヴィット! なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
歌い終わると、鳥は遠く遠く、母と父とマルレーンの家へ飛んで行きました。
さて、家では、夫と妻とマルレーンが食卓についていました。
夫は「なんだか気分が軽くて、楽しいようだ」と言いました。
「いいえ」妻は震えます。「とても不安だわ。悪いことがおこるようよ」
マルレーンは、その様子を見ると、なんだかまた悲しい気になって、ふたたび頬を涙でぬらしていました。
その時、鳥が飛んできて、びゃくしんの木にとまりました。
夫は「ああ、なんだか本当に嬉しい。まるで愛おしい懐かしい人に会えるようだ」と喜びました。
「いいえ」妻は叫びます。「とても心配だわ。血が炎のようにめぐるのに、身体は氷のように冷たいわ」
マルレーンは、その声に驚いてもっともっと泣きました。
それから鳥は、歌いました。
「ぼくのお母さん、ぼくを殺した」
妻は耳をふさいで、何も聞こうとしませんでした。
「ぼくのお父さん、ぼくを食べた」
妻の目は稲妻のように光り、おびえた様子で周りを見ました。
「ぼくの妹、可愛いマルレーン」
夫は立ち上がりました。「ごらん、なんて綺麗な鳥だ。とても素晴らしい歌声だ」
「ぼくの骨をハンカチに包んで、びゃくしんの木の下に置いた」
マルレーンは血が出るほどに泣きました。
「キヴィット、キヴィット!」
夫は妻とマルレーンをそのままにして、外へ行きました。
「行こう、もっとあの鳥のそばへ行かなくては!」
「ああ!」妻が叫びます。「行かないで! 世界が揺れて、今にも沈みそうよ!」
「なんて綺麗な鳥だろう、ぼくは!」
鳥はこう歌うと、金の鎖を夫の首に落としました。
それはまるでネックレスのようになって、夫にとてもよく似合いました。
夫は家に入って言いました。
「さあ、マルレーンもおいで。ごらん、綺麗な金の鎖までくれたんだ。とても良い鳥だよ」
妻は恐怖のあまり、床へ倒れました。「あの歌を聞かなくて済むなら、海へしずんだっていい!」
しかしマルレーンは夫に手を引かれて、外へ出ました。
「ぼくの妹、可愛いマルレーン」
歌いながら、鳥は、マルレーンに赤い靴を落としました。
それをうけとり、履くと、マルレーンはすっかり嬉しくなって飛び跳ねました。
「どうしてかしら!」マルレーンは楽しくなって言いました。
「さっきまであんなに悲しくて泣いていたのに。今はとても楽しいわ!」
「まあ」妻はそれを聞くと起き上がりました。
「今にも空が落ちてくるように感じるわ。私の気分も軽くしてもらおう」
言いながら外へ向かう妻の髪は、まるで炎のように逆立っていました。
それで妻がびゃくしんの木の下へ行くと、とたんに、どすん! 鳥が妻の頭へ石うすを落としました。
そうして妻は、ぺちゃんこになってしまいました。
音に驚いた夫とマルレーンが見に行くと、びゃくしんの木から煙と炎があがっていました。
それがみんな終わってしまうと、そこには、男の子が立っていて、ほほえんで2人の手をとりました。
それから、3人は仲良く、幸せに暮らしましたとさ。
「さよなきどり」
これは、もう何年も何年も前にあったお話ですけれど、皆が忘れてしまわないうちに、きいておく価値があるお話ですよ。
中国という国では、皇帝という人がいて、この人はとても偉いので、世界でいちばん立派な御殿に住んでいました。
御殿は、どこまでもどこまでも綺麗な磁器でできていて、大変なねうちのあるものでした。
ただ、とても壊れやすいので、御殿の人たちは、いつも気をつけていなくてはいけませんでした。
御殿のお庭には、世にも珍しい花がたくさん咲いていて、中でもいっとう美しい花には、銀の鈴がつけてあり、人々が花に気づくよう、りんりん鳴っていました。
まったく、御殿にあるものは、なにからなにまで、工夫をこらしていないというものはありません。
そうして、そのお庭の広いことといったら、庭師でさえ、どこまでお庭なのかわからないほどでした。
さて、そのお庭を、どこまで歩いて行きますと、いつしか満々と水をたたえる湖のある、深い深い森へ入ります。
その森は青い青い海まで続いていて、大きな船が帆をはったまま、大きな木の枝の下を通ることができました。
そうして、その大きな木の枝には、さよなきどりが1羽、住んでいました。
そのさよなきどりの声の綺麗なこと、歌の上手なことといったら! 仕事に追われる漁師でさえ、思わず手を止めてきき惚れるほどでした。
「ああ! なんて綺麗な声だろう!」
世界中の国々から、たくさんの人がやってきました。そうして、皇帝の御殿やお庭を見て、とても感心しました。
ところが、さよなきどりの歌をきくと、「素晴らしい、なんといっても、これがいちばんだ!」と喜びました。
そうして旅行者たちは、自分の国に帰ると、そのことをたくさんの人に話しました。
本に書く人もありました。御殿や、お庭のことを褒めました。けれども、いちばん最初に書いたのは、さよなきどりのことでした。
詩を作る人もありました。けれども、彼らが美しい詩によんだのは、さよなきどりのことばかりでした。
この本や詩は、世界中に広まって、いくつかは皇帝の手にするところになりました。
皇帝は、細かい模様のついた綺麗な金の椅子に腰かけて、これらを何度も読んでうなずきました。
なぜなら、皇帝の御殿や、お庭や、都がどんなに立派か、美しい言葉でたくさん書いてあったのがお気に召したからです。
けれども、「しかし、さよなきどりの歌声こそ、中国において、この上なきものである」と書いてあるのを読んで、皇帝は不思議に思いました。
「いったい、なんのことじゃろう?」しきりに首をかしげます。
「さよなきどり! わしは、とんと知らんがのう――そんなものが、わしの庭にあるとは! それを、本によって知らされるとは!」
そこで、皇帝は、さっそく侍従をお呼びになり、おたずねになりました。
「我が国に、さよなきどりという世にも珍しい鳥がおるそうじゃが、人々の言うには、この鳥が我が国の中で、もっとも優れたものだそうじゃ。
なぜ、今までさよなきどりについて、わしにひと言も言わなんだのだ」
「おそれながら」侍従は、深く深く頭を下げながら言いました。
「ついぞ、我々はそのようなものがあることを聞き及んだことがございません。
そのようなものが、この宮中にお目通りいたしたことはございません」
「今晩にも、その鳥を召し連れ、わしの前で歌わせよ。わしの庭にあるものを、世界中が知りながら、肝心のわしが知らぬなどあってはならぬ」
「おそれながら、さっそく探し出し、連れてまいるといたしましょう」
けれども、いったい、どうしたら見つけられるでしょう?
侍従は、御殿中の階段を登ったり降りたり、ありったけの廊下をかけずりまわって、出会った召使いたち全員にたずねましたが、誰も知る者がありません。
そこで、侍従はまた、おそれながら皇帝の前へ戻って、それは本を書いた者が嘘つきだったに違いありませんと言いました。
「おそれながら、陛下。書かれておりますことを、そのままお信じになってはなりません」
「だが」皇帝は納得しませんでした。
「わしの読んだ本は、日本の天子さまから贈られたものじゃ。嘘やいつわりのあるはずもない。
わしは、わしの庭にいるという、さよなきどりの歌が聞きたいのじゃ。今夜のうちに召し連れてまいれ!
さもなくば、お前も、他の召使いたちも、ひどい目にあうぞ。さよう心得よ!」
侍従は、ただただ頭を下げるだけでした。
そうして、侍従はまた、御殿中の階段を登ったり降りたり、ありったけの廊下をかけずりまわりました。
他の召使いたちも、ひどい目にはあいたくないので、いっしょになってかけずりまわりました。
こうして、世界中が知っているのに、御殿の人々は知らない、不思議なさよなきどりのことを探しました。
とうとう最後に、侍従は、台所で働いているいちばん貧しい娘にたずねました。
「まあ!」娘はおどろきました。
「さよなきどりでございますか。よく知っております。本当に、まあ、その歌のなんて上手なこと!
私は毎晩、お許しをいただいて、お食事のあまりものを、かわいそうな病気の母のところへ持ってまいります。母は、浜辺に住んでおります。
私が御殿へ戻りますその途中、疲れて休んでおりますと、さよなきどりの歌が聞こえるのでございます。
それを聞きますと、不思議に、母の膝へ抱かれているような気持になって、まあ、涙が出るような思いがいたします」
「娘よ!」侍従は叫びました。
「私はお前を、もっと良い暮らしができるよう取り立ててやるぞ。お前の病気の母もいちばん良い医者へみせてやろう。
だから、さよなきどりのところへ案内してくれ。今夜のうちにお召しがかかっているのだ」
こうして、台所の娘に連れられて、侍従と大勢の召使いたちが、森へ入っていきました。
さて、おれきれきが森を進んでいると、途中で、うしが鳴きました。
「あっ! あれだ!」召使いたちが騒ぎました。
「あれに違いないぞ。しかし、鳥のくせに、やけにしっかりした声ですねえ。どこかできいたことがあるな」
「いいえ」台所の娘はぴしゃりと言いました。
「あれはうしが鳴くのでございます。さよなきどりのところまでは、まだまだかかります」
今度は、沼でかえるが鳴きました。
「素晴らしい!」侍従が言いました。
「まるで聖堂の小さい鐘のようだ! あの声に違いないぞ!」
「いいえ」台所の娘はまたぴしゃりと言いました。
「あれはかえるでございます。でも、さよなきどりのところまでは、あと少しでございます」
やがて、さよなきどりの声がきこえてきました。
「あっ! あれでございます!」台所の娘が言いました。
「さあ、おききください。あれ、あそこにおります」
娘の指す先には、灰色の小鳥が枝にとまっています。
「これはしたり」侍従は小鳥を見て思わず驚きました。
「なんと、あんなものとは思いもよらなんだ。なんとみじめでつまらない姿か!」
「さよなきどりさん! どうぞ、こちらへいらしてください。私たちの偉い皇帝さまが、あなたの歌をご所望なのです」
台所の娘が大きな声で呼ぶと、さよなきどりは枝をちょんちょんと跳ねながら言いました。
「なんと光栄! しかし、まずは皆さんの前で歌ってみせましょう」
そうして、さよなきどりは、楽し気に歌い出しました。
「なんと素晴らしい、がらすの鈴のような声だ! まるできいたことのない美しい響きだ。あの喉のよく動くことよ!
我々が今まであの歌を知らなんだのは、どうも不思議なことだ。これなら陛下もお喜びになるだろう」
侍従は思わずうっとりして、ため息をつきつき言いました。
「では、もういちど、陛下の御前で歌いましょう」
さよなきどりがそう答えると、侍従は喜んで頼みました。
「さよなきどり殿、今晩、そなたを陛下の御前へお連れするのは、私の大いなる喜びだ。どうか、その美しい歌声で、陛下のお心を、なぐさめてさしあげてくれ」
こうきいて、さよなきどりは、喜んでついて行くことにしました。
御殿の中は、すっかり磨き上げられていました。
磁気でできた床や壁は、何千というろうそくに、鏡のようにぴかぴか光り、銀の鈴をつけた花が、廊下にたくさん飾られて、りんりんと鳴っていました。
皇帝のおいでになる大広間には、金の止まり木が立てられ、その周りを御殿中の人々が取り巻きました。
台所の娘も、そこにいることを許されました。今ではもう、貧しい下働きではなく、常雇いのお料理女なのですもの。
人々は皆、めいめいに着飾って、そして、皇帝はしきりに金の止まり木を見ておられました。
そこには、みすぼらしい、小さな灰色の鳥がぽつねんととまっています。
皇帝がひとつうなずいたので、いよいよ、さよなきどりは、それはそれは美しい声で歌いました。
それをきくと、皇帝の目には、知らずに涙が浮かんできて、やがて頬へと流れました。
さよなきどりは、ますますのびやかに、たえなる声を広間に響かせました。それは、人々の心をうちました。
そうして、歌がすんでしまうと、皇帝はたいそうお喜びになって、さよなきどりに、たくさんの宝物をたまわそうとなさいました。
けれども、さよなきどりは、それを丁寧にお断りして、がらすの鈴の声で言いました。
「わたくしは今夜、陛下のお目に涙がお宿りになるのをお見うけいたしました。わたくしには、それで充分でございます。
神かけて、わたくしにとっての宝物は、陛下のお涙。ご褒美は、もう充分にいただいたのでございます」
そうして、さよなきどりは自分の喜びを、また美しい声で歌いました。
「まあ、なんて素晴らしい鳥なんでしょう!」周りの貴婦人たちは、また涙しました。
それからというもの、御殿の貴婦人たちは、お喋りする時には、さよなきどりの声をなるだけ真似るようになりました。
そうして、さよなきどりは、御殿の人々にとどめられて、御殿で暮らすことになりました。
金の鳥かごもいただいて、12人の召使いがつきました。昼には、絹のりぼんを足につけて、散歩をすることもできました。
絹のりぼんは、召使いたちがしっかりとつかんでいます。こんな生活は、さよなきどりにとって、ありがたくありませんでした。
ある日のこと、皇帝のお手元へ、「さよなきどり」と書かれた大きな包みが届きました。
「また、さよなきどりのことを書いた本が届いたかな」と皇帝は喜びました。
ところが、それは本ではありませんでした。中には、さよなきどりそっくりの細工物の鳥が入っていたのです。
ただ、細工物のさよなきどりは、体中が金と銀でできていて、ダイヤモンドやサファイアがちりばめてありました。
ねじをまくと、金色のしっぽを上げ下げして、本物のさよなきどりも歌う曲のひとつを歌いました。
きらきら輝く美しい首元には、小さなりぼんが結んであって、「日本の天子のさよなきどりは、中国の皇帝のさよなきどりにかないませんが」と書いてありました。
「なんと綺麗な鳥だ!」人々はため息をついて、口々に褒めました。
そこで、本物のさよなきどりと、細工物のさよなきどりで、二重奏をさせることになりました。
ところが、いっこうに上手くいきません。なぜかと言えば、本物のさよなきどりは気ままに歌うからです。
しまいに、楽長が言いました。「これは、細工物のせいではありません。とにかく調子もしっかりしていますし、私どもの音楽にぴったり合います」
今度は、細工物のさよなきどりだけが歌うことになり――これも、本物と同じように大成功をおさめました。
いえ、見た目でいえば、細工物のほうが、ずっと成功していました。なにせ、体中が宝物のように、きらきら輝くのですから。
こうして、細工物のさよなきどりは、御殿の人々に乞われて、何度も何度も歌いました。
33回も歌ったのに、細工物のさよなきどりは疲れません。
御殿の人々は、また最初から聞きたがりましたが、なんだかつまらなそうにしていた皇帝は、本物のさよなきどりの歌をご所望になりました。
ところが、どうしたことでしょう。いつの間にか、本物のさよなきどりは、開いていた窓から、元いた森へと飛んで行ってしまっていたのです。
御殿の人々は、「なんて恩知らずだ!」と本物のさよなきどりをののりしました。
「でも、我々には、もっと良い鳥がいるんだからなあ!」
そして、細工物のさよなきどりは、また歌うことになりました。
これで、御殿の人々は同じ歌を34回も聞いたことになるわけです。なぜって、細工物のさよなきどりは、1曲しか歌えませんでしたから。
けれども、その曲は、とてもとても難しくて、34回も聞いたのに、誰もちゃんと覚えられません。
それだけに、楽長が、細工物のさよなきどりを、口をきわめて褒めること、褒めること!
見た目だけではなく、中身の細工まで、本物のさよなきどりより素晴らしいものだと請け合いました。
「なぜと言いますに、皆さま! 陛下におかれましてもちろんご存知のことでしょうが、本物のさよなきどりは得手勝手に歌います。
しかしながら、細工物のさよなきどりは最初から最後まで、きっちり決まっておりまして、みだれることがないのであります!」
「同感、同感!」御殿の人々は、大声で言いました。
そこで楽長は、次の日曜日にも、細工物のさよなきどりを歌わせるお許しをもらいました。
御殿の人々は、まったくお茶によったように喜びました。
こうして、本物のさよなきどりは、ついに御殿を追われてしまいました。
本物のさよなきどりの声を聞いたことのある漁師たちは、細工物のさよなきどりの声を聞いて、うなずきました。
「なるほど、良い声だし、似てもいる。でも、なんだかものたりないね」
御殿の中で、本物のさよなきどりを思って悲しんでいるのは、皇帝、ただおひとりでした。
細工物のさよなきどりは、皇帝のベッドのそばの、絹のクッションに席をたまわりました。
お仕事も、「御寝室詰帝室歌手」となり、とても偉くなりました。
楽長は、この細工物のさよなきどりについて、25冊も本を書きました。
それは大変に難しい言葉で、おまけに長く長く書いてありましたが、皆、それを読んでわかったわかったと言いました。
そう言わないと、皆にばかだと思われてしまうからです。
そうこうしているうち、季節はめぐり、年は変わり、ある晩のことです。
細工物のさよなきどりが、いつものように得意になって歌い、皇帝が耳をかたむけていますと、突然、がたがたという音が鳴って、歌が止んでしまいました。
細工物のさよなきどりの体の中で、はぐるまがからまわりをしているのです。
皇帝は驚いて、すぐに時計職人を呼びつけました。
時計職人は、細工物のさよなきどりをひっくり返したり、眺めたり、さんざん調べて、ようよう元通りにしました。
けれども、時計職人は、心棒がたいへんにすり減っていて、かと言って新しい心棒を用意することもできない、歌わせることはおすすめしないと言うのでした。
なんという悲しみでしょう! もうさよなきどりの歌を聞けなくなった皇帝は、すっかり落ち込んでしまいました。
それから5年が経って、皇帝がご病気になり、御殿の人々の噂するところによれば、もう、長くはないということになってしまいました。
今度こそ、本当の悲しみが国中をおおいました。国中の皆は、皇帝のことが好きだったのですもの。
国中の皆は、御殿へ来ては皇帝のご様子をたずねましたが、御殿の人々は、そろって首を横にふるだけでした。
皇帝は、もうすっかり冷たくなって、青い顔で、大きなベッドへ寝ていました。
もう、誰が話しかけても、お答えになりません。そこで、御殿の人々は、皇帝がいよいよおかくれになったのだと思いました。
そこで、御殿の人々は、次の新しい皇帝にご挨拶に行くため、皇帝のお部屋から遠のいてしまいました。
ところが、皇帝はまだおかくれになっていませんでした。ただ、青い顔をして、体をこわばらせて、ベッドへ横になっているのです。
お気の毒に、もう、息をするのもやっとでした。
皇帝は、まるで、胸の上に何かが乗っているように苦しいので、力をふりしぼって、目を開けてごらんになりました。
すると――なんということでしょう! 皇帝の胸の上には死神が座っているではありませんか。
死神は、金の冠を被り、片手に金の剣を、もう片手に金の旗を持っていました。
そして、皇帝のベッドのぐるりを囲むカーテンの向こうからは、あやしげな顔がいくつもいくつも覗いています。
怒りに歯を食いしばっているみにくい顔もあれば、優しくほほえんでいる顔もありました。
顔たちは、「覚えていますか?」「覚えていますか?」と代わる代わる、皇帝にたずねました。
そうして、顔たちはいろいろなことを話し出しました。それは、皇帝の、悪い行いと、善い行い、これまでやってきたことの全てでした。
死神は、顔たちの話を聞く皇帝を、じっと覗き込みました。
皇帝のひたいから、汗が吹き出しました。「音楽を、音楽を!」
ありったけの声を出したつもりでしたが、それはそよ風ほどにしかなりません。
「さよなきどりよ、歌ってくれ! 顔たちの声が、聞こえないように!」
しかし、皇帝のベッドのそばの、絹のクッションにいる細工物のさよなきどりは、少しも歌いません。誰もねじを回さないからです。
死神は、驚くほど暗い目で、だまって皇帝を見つめています。あたりは痛いほどに静かでした。
その時、窓のすぐ外で、懐かしい、美しい声が聞こえました。
それは、あの、本物のさよなきどりの声でした。今しも、窓のすぐそばの枝で、さよなきどりは歌っています。
さよなきどりは、皇帝がご病気だと聞きつけて、皇帝の苦しみをやわらげてさしあげられないかと、遠く、森から飛んできたのでした。
さよなきどりがなぐさめの歌を歌うにつれて、皇帝は、暖かい血が自分にめぐるのがわかりました。あやしい顔たちは、次第に消えていきました。
死神でさえ、さよなきどりの声に聞き入って、思わず言いました。
「小さな灰色の鳥よ! 続けろ、もっと続けろ!」
「はい!」さよなきどりは答えます。
「それでは、もっと歌いましょう。代わりに、その冠をください! その剣をください! その、立派な旗をわたくしにください!」
死神は、さよなきどりの歌を1つ聞くたびに、自分の宝物をさよなきどりにあげました。
その歌は、白いばらが、かぐわしいニワトコの花が、青くみずみずしい葉が、死者の墓で泣く人々の涙によって育つという、静かで悲しい歌でした。
聞くうちに、死神は、静かな墓地が恋しくなって、とうとう、宝物を全部あげて身軽になると、窓からふわふわと飛んで行ってしまいました。
「ありがとう、ありがとう!」皇帝は喜びに泣きました。
「可愛い、愛しい小鳥よ! お前のことを覚えているぞ。しっかりと覚えている。わしらがお前にした仕打ちも!
それなのに、今、お前はわしのところへ戻って来て、全ての悲しみを消し去ってくれた! わしはお前に、何がしてやれるじゃろう?」
「ご褒美はもう、いただいております」さよなきどりの目にも涙がありました。
「わたくしが初めて歌をお聞かせした時、陛下のお涙をいただきました――わたくしもしっかりと覚えております。そして今も!
これこそ、わたくしのような歌う者の心を喜ばせる、何よりの賜り物なのです――でも、今は、お休みになってください。
また、お元気にお丈夫になってください。それが、わたくしが欲しいものです。さあ、歌ってさしあげましょう」
そうして、さよなきどりは、歌い始めました――皇帝は、目をお閉じになりました。
それは、これまででいちばん、安らかな、心地いい眠りでした。
お日さまが昇り、朝になりました。その頃、皇帝は、もうすっかり元気になって、お目覚めになりました。
けれども、御殿の人々は、まったく皇帝がおかくれになったものと思って、誰も挨拶へ来ませんでした。
けれども、さよなきどりは、ずっと皇帝のそばにいて、さわやかな朝の目覚めを歌いました。
「愛しい小鳥よ」皇帝は言いました。
「気が向いただけ、歌ってくれればよい。お前の好きなように過ごすがよい。ただ、お前はわしのそばにいておくれ。こんな細工物の鳥は、すぐに粉々にしてしまおう」
「陛下、そんなことをなさってはいけません」さよなきどりは、細工物の鳥をつかもうとする皇帝を止めました。
「この鳥も、自分にできるだけの良いことをしたのです。今まで通り、お手元においてさしあげてください。
わたくしは、御殿に巣を作って住むことはできません。けれども、わたくしがここへ来て、陛下のために歌うことを、どうかお許しください。
わたくしは、陛下のお気持ちが明るく、そして静かにお考えをめぐらせられるよう、歌いましょう。
わたくしは、この国中の幸せな人たちや、苦しみ悩んでいる人たちのことを歌いましょう。
わたくしは、陛下の周りに隠れている悪いこと、善いことについて歌いましょう。
わたくしは、陛下の御殿にも、貧しい漁師の軒先にも、子供たちの駆け回る森のこずえにも――どんな遠く離れたところへも飛んで行くのでございます。
わたくしには、陛下の冠や宝物より、陛下のお心の方がありがたく、愛おしく思われるのです――また、まいります。きっと歌います。
そして、最後にひとつ、お約束をしていただけませんでしょうか」
「なんなりと、愛しい小鳥」皇帝は答えました。
そして、すぐに、ご自分で皇帝の服をお召しになり、胸の前に剣を当てて、まっすぐにお立ちになり、さよなきどりの言葉を待ちました。
「陛下。ひとつだけ――なにもかもを申し上げる小鳥が、陛下をお慕いする小鳥が、おそばにおりますことを、どうぞ、どなたにもお教えにならないでください」
皇帝は、ひとつうなずいて、かたくかたく誓いました。
そうして、さよなきどりは飛んで行きました。
さて、御殿の人々が、おかくれになった皇帝をおがみに、お部屋へとまいりました――おや!
皆はびっくりして、そこへ立ちすくんでしまいました。すると、皇帝は言いました。
「皆の者、早いのう!」
「モミの木」
町の外の森に、まだ小さくて可愛らしいモミの木がありました。
モミの木は、太陽がよく見えて、風もすずやかに通り過ぎる、良い場所にはえていました。
モミの木の周りには、仲間の木がたくさんはえていました。
モミの木は、この中の誰よりも大きくなりたいとそればっかり考えて、太陽のあたたかさにも、風のさわやかさにも、なにも気づいていませんでした。
たまに、野イチゴや木の実をとりに来た人間の子供たちが、そこらじゅうを遊びまわりながらお喋りしていましたが、それもなんとも思っていませんでした。
でも、子供たちが自分に気づいて、「やあ、とっても可愛らしいモミの木だなあ!」と言うのは、とても嫌で、たまりませんでした。
季節は過ぎて明くる年、モミの木は新芽の分だけ少し伸びて、また次の年には、もう少し大きくなりました。
そうして、モミの木は毎年、少しずつ芽の節と歳を重ねて、大きくなっていきました。
しかし、モミの木は自分で願うほどには大きくなれません。ため息をつきつき言いました。
「ぼくも、他の仲間たちのように大きければいいのになあ。誰よりも高いところに枝を伸ばして、誰よりも遠く、広い世を見てやるのになあ。
鳥は誰よりも見晴らしのいいぼくの枝に巣をかけるだろうし、風がふけば、誰よりも早くそれを受けてやるのになあ」
まったくこんな具合でしたから、モミの木は、鳥の歌声をきいても、輝く星が真上を流れても、ちっとも楽しくありませんでした。
やがて、たくさんの雪がきらきらと降る季節になりました。
どこからか、灰色のうさぎがやってくるようになって、毎日、モミの木の上を飛び越していきました。
「ああ!」モミの木は叫びました。「なんて嫌なうさぎだろう!」
それからもっと季節がめぐって、また雪が降り、またまた雪が降り、その次の冬になりました。
その頃にはもう、モミの木の背もずいぶん高くなっていましたから、あの灰色のうさぎも、ただただ、モミの木の周りをぴょんぴょん跳ぶだけでした。
「ああ嬉しい! ぼくはこれからもっと大きくなって、誰よりも立派なモミの木になるんだ! こんなに素晴らしいことがあるなんてなあ!」
モミの木は、ようやく心の底から喜びました。
さて、秋になると、いつも木こりがやってきて、モミの木の仲間の中でいちばん大きな木を3本だけきり出していきます。
これは、どの秋でも、いつも同じことでした。
木こりの手にかかると、いつもは見上げているモミの木の仲間が、どしんと大きな音を立てて、地面の上に横になってしまいました。
それから枝をきられ、皮をはがされて、まったく丸裸の、白いなさけない姿にされて、あっという間に馬に引きずられていってしまうのです。
モミの木は、それを見ると、言いようもないほど、とてもこわくてたまりませんでしたが、同じくらいに不思議に思っていました。
「皆、どこへ連れていかれるんだろう。あんなふうにされてから、どうなるんだろう」
次の春が来て、つばめとこうのとりがモミの木の近くにとまった時、モミの木はさっそく訪ねてみました。
つばめはなんにも知りませんでしたが、こうのとりは少し考えて、それから長い首をモミの木に向けて言いました。
「そう、私はきっと知っているね。私はエジプトから飛んでくる途中で、たくさんの新しい船を見たのさ。その船にはどれも皆、立派な帆柱があったよ。
私はきっと、それがお前さんの連れていかれた仲間だと思うね。なにせ、お前と同じような匂いがしたからね。
だからお前、もっと大きくおなりよ。そうして立派な帆柱になって、海へ出るといいね」
「うん。ぼくも、新しい船の立派な帆柱になれるような、大きい木だったら、さぞいいだろうって、いつも思うよ。
でもこうのとりさん、いったい海ってどんなもの? それは良いもの?」
「そう、私はきっとそれをひとくちには言えないね」
こうのとりはそう言うと、止める間もなく、どこかへ飛んで行ってしまいました。
そうして、ひとりぼっち海について考えているモミの木に、太陽が親切に話しかけました。
「モミの木。若い間が、なによりも幸せなものだよ。
これからを夢に見て、ずんずんのびていけるうちほど、楽しいものはないのだよ」
すると、風も優しくモミの木を撫でました。さっきのつばめが楽しい歌をきかせながら飛び去りました。
けれども若いモミの木には、それがどういうことなのか、少しもわかりませんでした。
クリスマスが近づくと、仲間の若い木が、何本もきり倒されて、森の外へ出ていきました。
切られた中には、モミの木よりも若い木がありましたし、また、同じくらいの木もありました。
しかし、きられた木たちは、皆、枝と葉の美しい立派な木ばかりでした。
「皆、いったいどこへ行くんだろう。あの木たちはぼくより小さかったし、それに、枝も皮もそのままで出て行った。
帆柱にならないなら、いったい、皆、どこへ連れていかれるんだろう?」
モミの木が、そうしてため息をついていると、枝にとまっていたすずめたちが口々に言いました。
「知ってるよ。ぼくらは知ってるよ! 町へ皆で出かけた時、窓を覗いて知ってるよ! かれらは、それはそれはびっくりするほど立派になるんだ。
窓から覗くとね、明るくてきらきらしたお部屋の真ん中に、かれらは皆、立っているんだよ。
金色のりんごや、キャンディや、たくさんの宝物で綺麗に飾られて、皆、胸をはっているんだよ」
「ねえ、それから」とモミの木はふるえそうになるのをこらえて言いました。「それから、どうなるの?」
すずめは答えます。「知らないよ。でも、皆、とっても綺麗だったなあ!」
すずめが飛び去ってしまうと、モミの木はふるえるほどに仲間たちが羨ましくなりました。
「ああ! どうかして、そんな幸運がぼくにも来ないかなあ! 白い帆をかけて、海とやらへ行くよりも、ずっとずっと良さそうだ。
ああ、行きたいな、行きたいな! 早くクリスマスになると良いのに! ぼくはもう、連れていかれた仲間と同じくらいに立派だ!
早くしないと、丸裸にされて、白い帆をはらなくちゃならなくなる。ああ! どうかして、枝も皮もついたままで、森から出ていきたいな。
そして、明るくてきらきらした部屋の真ん中に、綺麗に飾られて住みたいものだなあ。だけど、それからは、きっともっと楽しいことがあるだろう!
きっと素晴らしく面白いことが待っているに違いないなあ! そうでなければ、ぼくらを綺麗に、大切に飾るはずがないもの。
ああ! どんなことだろうなあ。いったいどんな、大きな喜びがおきるんだろうなあ!」
その時、太陽がまた、さとすようにモミの木を照らしました。
「モミの木。私たちといっしょにいる方がずっといいよ。この広くて静かな森で、自分の健康を楽しむのがいいのだよ」
それを聞くと、モミの木は、なんだか少しも楽しくなくなってしまいました。
冬が過ぎ、春が来て、夏もまた過ぎていきました。
モミの木はぐんぐんと高くなって、仲間の誰よりも強く枝を伸ばし、鮮やかな緑の葉を持っていました。
この森へ来る鳥や人間で、「まあ、なんて綺麗な木だろう」と褒めない者はないくらいでした。
そうして、クリスマスの季節になると、このモミの木は、とうとう切られることになりました。
木こりがモミの木の体に斧を入れると、モミの木は痛みにうめいて、地面に倒れました。
体中がひどく痛んで、だんだん気も遠くなり、やっと森から出られるのに、モミの木は少しも楽しい気持ちではありませんでした。
考えてみると、そんなに嬉しいことでもないようです。
自分が生まれた森を離れて、知らない小さな部屋へ行くのは、悲しいことでした。
小さな頃からいっしょにいた太陽も、馴染みの鳥たちも、風にも花にも、仲間の木たちにも、もう会えないだろうと思いました。
旅に出なくてはならないというのは、まったく、つらくて悲しいことに違いありませんでした。
やっと気がついてみると、モミの木は、いっしょに切られた仲間と共に、わらにくるまれて、どこか知らない地面に置かれていました。
そばには男が1人いて、「やあ、素晴らしい木だな。これがあれば充分だ」と言いました。
そこへ、別の男が2人やってきて、モミの木を、明るくきらきらした、大きな部屋へ運んで行きました。
壁には絵がたくさんかかっていて、立派な暖炉のそばには、重そうなゆり椅子や、上等そうな赤いソファがおいてあります。
そして、モミの木にはなんだかよくわからない、可愛らしい、細々としたおもちゃがたくさんのったテーブルもありました。
モミの木は、その部屋の真ん中の、土がいっぱい入った、綺麗な布でくるまれた桶に入れられました。
ああ、この先はいったいどうなるのかと、モミの木は痛みと恐れと期待で震えました。
すると、モミの木の部屋へ、可愛らしいお嬢さんが召使いに連れられて入ってきました。
彼らは、色紙や、お菓子の入った袋や、くりくりとした目の人形や、金紙で巻いたりんごやくるみをモミの木にいっぱいつけ始めました。
それから、頭のてっぺんに金紙の星をかぶせてもらい、青や白や赤のろうそくを100本も枝からぶらさげました。
そうして、それはそれは立派に飾られたモミの木を見て、お嬢さんが言いました。
「さあ、今晩よ。ついに今晩、明かりがつきますよ」
それを聞いたモミの木は思いました。
「そうか、今晩なんだね。早く夜になって、明かりがつくといいねえ。そうすると、どうなるんだろう。森から仲間が会いにきてくれるのかなあ。
すずめたちが窓のところへ来て、歌ってくれるのかなあ。もしかしたら、このままここで根が生えて、ずっと暮らすことになるのかも知れない」
そんなふうにいろいろ考えると、だんだん体の皮が痛くなってきました。
人間でも、考えすぎると頭が痛くなるように、木は、考えすぎると皮が居たくなるのです。
これは、木にとっては、とても困ることなのでした。
さて、夜になり、ろうそくに火がつけられました。
100本ものろうそくが光ったモミの木の、なんと輝かしいことでしょう。なんという立派なことでしょう!
モミの木は、嬉しすぎて、思わず体を震わせました。そのせいで、1本のろうそくが揺れて、モミの木の葉をこがしてしまいました。
「まあ、あぶない!」近くにいたお嬢さんが叫んで、慌てて火を消してくれました。
そうなると、モミの木は、こわくなって、少しも身動きできなくなってしまいました。
ただただ、せっかくの宝物が燃えたり落ちたりしないかと、そればかりが気になりました。
それに、あんまり自分が輝きすぎるので、なんだか、気が遠くなってきました。
少しすると、部屋の扉がぱっと開き、大勢の子供たちが、モミの木に駆け寄ってきました。
子供たちは、モミの木の足元にある箱をひとつひとつさらって行きます。
「いったいなんだろう? この子たちは、なにをするんだろう?」
モミの木は、大騒ぎする子供たちを見ながら考えました。
そうするうちに、モミの木のろうそくは、どんどん燃えていき、そして、大人たちの手によって、ひとつずつ消されてしまいました。
モミの木が驚く間に、ろうそくはすっかり消え、そして、大人たちが子供たちに「さあ、木の枝にあるものを取ってよろしい」と言いました。
すると、まあなんと大変なことでしょう。
子供たちは争うようにしてモミの木に手を伸ばし、枝についているおもちゃやお菓子をひっぱりました。
モミの木は小枝といわず葉といわず、せっかくの宝物ごとむしり取られて、体がみしみし痛むのを感じました。
もし、てっぺんの金紙の星が、天井へしばりつけられていなかったら、モミの木はひっくり返ってしまっていたでしょう。
子供たちは、モミの木から奪った宝物をてんでに持って、喜びました。
もう誰も、みじめなモミの木をかえりみる子供はありません。ただ、召使いが、もう取り残しがないかと思って、覗き込んだだけでした。
「ばあや、お話して、お話して!」
子供たちはそう叫んで、ずんぐりした小さい人を、モミの木の下へひっぱって行きました。
ずんぐりした小さい人は、木の下に腰をおろして、子供たちを座らせると、むかしむかしの話を始めました。
子供たちは、お話の途中でも、笑ったり、はやしたりしましたが、モミの木ばかりは、何も言わないで、静かに考えていました。
「明日はもう震えないぞ。こんなに立派になったのだから、体が痛んでも、宝物がなくなっても、うんと楽しそうにしていよう。
ことによったら、明日もまたたくさんの宝物をもらって、明るくしてもらって、むかしむかしのお話が聞けるかも知れない」
モミの木は、そんなことをじっと考え明かしました。
朝になると、また召使いたちがやってきました。
「ああ!」モミの木は喜びました。「きっとまた、立派に飾り付けてくれるんだな!」
けれども、召使いたちは、とうとうモミの木を土から引き抜いて、部屋の外へ連れ出しました。
そうして、ぎしぎしいうはしごを登って、屋根裏の物置の、薄暗いところへ、放り上げてしまいました。
そこは、まるで太陽の光もさしませんし、風だってそよとも吹きませんでした。
「いったいどうしたっていうんだろう。こんなところで、なにがあるんだろう。ここにいたって、誰に会えるんだろう?」
モミの木は、薄暗いところに倒れたまま考えました。いつまでも、いつまでも考えました。
そうして、もう、ずいぶんと時間が経ちました。なにしろ、昼も夜もないままに、幾日もが過ぎていきましたから。
その長い長い間に、いちどだけ誰かが屋根裏へやって来ましたが、大きな箱を3つ放り投げただけで、帰って行ってしまいました。
おかげで、モミの木は箱の陰になって、いよいよ隠れてしまいました。
もう、誰も、モミの木のあることなんて、覚えていないのでしょう。
モミの木は、いっしょけんめい考えました。
「今は、まだ冬なんだ。地面は雪と氷で覆われていて、だから、あの可愛いお嬢さんも、召使いたちも、ぼくを植えることができないんだ。
それで、ぼくは、暖かい春が来るまで、ここにしまわれている。きっとそうに違いない。彼らはかしこい人たちだから。
ただ――ただ、ここが、こんなに暗くて寂しいところでなければいいのになあ。あの嫌なうさぎさえ跳ねて来ないし、鳥も、太陽も――
ああ! あの森は、ずいぶん良かったなあ。そういえば、あの嫌なうさぎがぼくを跳び越した時、本当にくやしかったっけ。それも、今は懐かしい。
あの頃に比べて、今はなんて、なんて――」
その時でした。ふと、小さなねずみが、ちゅうちゅうと鳴きながら、ちょろちょろと歩いて来ました。
その後から、もう1匹のねずみが来て、彼らは、モミの木の周りを走りました。
「ひどい寒さですねえ。でも、ここはずいぶんと良いところでしょう。ねえ、モミの木のおじいさん」
「ぼくは、全然おじいさんじゃないぞ」モミの木は、少し怒りました。
「まだまだ、ぼくより歳をとった木は、うんとあるよ!」
「ねえ、モミの木さん、あなたはどこから来たの?」小さくて幼いねずみは気にしません。
「さぞ、いろんなことを知ってるんでしょうねえ!」
ねずみたちは言いました。
「ねえ、モミの木さん。あなたの見た世界で、いちばん素敵なところのことをお話して。
きっと、天井からハムがぶらさがっていて、チーズがたくさんあって、あぶらろうそくの上でダンスしたりして、入る時にはひょろひょろ、出る時にはむっくりでっくり――」
「どうも、そんなところは知らないよ」モミの木は言いました。
「でも、森のことなら知っているよ。太陽が暖かくて、鳥たちが歌ってくれるんだ」
それからモミの木は、自分が若くて健康だった時のことを、すっかり話して聞かせました。
ねずみたちは、今までそんなところを知りませんでしたので、めずらしがって聞き入りました。
そうして、すっかり聞き終わると、ねずみたちは感心して言いました。
「まあ、ずいぶんたくさんのものを見て、会って、お話したんですね。きっとさぞ、幸せだったんですねえ」
「ぼくがかい?」そう言われて、モミの木は、初めて、自分の話したことをかえりみました。
「そうだね。とても幸せだったよ。なるほど、そう、つまり森にいた頃が、ぼくにとっていちばんの幸せだったなあ」
それから、モミの木は、お菓子や、ろうそくや、人形で飾られた、クリスマスの話をしました。
「まあ、楽しそう! ずいぶん幸せ者ね、おじいさん!」ねずみが言いました。
「ぼくはおじいさんじゃないのに」モミの木は弱々しく言いました。
「この冬に、やっと森から出てきたばかりなんだよ。ぼくは、育ち盛りなんだ。少しのっぽかも知れないけど」
ねずみたちは笑いました。「おじいさんのお話は面白いね」
次の夜になると、ねずみたちは、他に4匹の小さなねずみたちを連れて、話を聞きにやってきました。
モミの木は、ねずみたちに話して聞かせてやるほどに、たくさんのことをはっきりと思い出しました。
そうして、また、こう考えました。
「あの頃のぼくは、本当に幸せだったけど、きっとまたああいう幸せがやってくるだろうさ。
春が来れば森に帰れるかも知れないし、クリスマスにはまた飾ってもらえるかも知れない」
それから、モミの木は、毎晩、少しずつ増える小さなねずみたちに、森の話をしてやりました。
日曜日には、親ねずみさえもモミの木の話を聞きに来ました。ですが、親ねずみは、モミの木の話はまったく楽しくないと言いました。
そうすると、小さなねずみたちもがっかりして、なるほど、そういわれるとなんだか面白くないと思いました。
「君の知っているお話は、そんな話ばかりなのかい?」と親ねずみは聞きました。
「そうだよ」とモミの木は答えました。「なにしろ、ぼくはまだ若いからね。森と、クリスマスのことしか知らないのさ」
「ずいぶんつまらないなあ。もっと、食べ物の話はないのかな? 脂身や、ハムや、パンの話は知らないのかね?」
「知らないなあ」とモミの木は困ってしまいました。
「そう。じゃあ、どうもありがとう」
とうとう、親ねずみはそれぎり言うと、子ねずみたちを連れて帰って行ってしまいました。
すると、モミの木は、また薄暗い中にひとりぼっちになったので、ため息をつきました。
「あの小さなねずみたちが、ぼくの話を聞きに来てくれたのは、本当に楽しかったなあ。でも、それももうおしまいだ。
今に春になって、ここから出ていけば、後は楽しいことをするだけなんだから」
ところで、いったいいつ、そんなことが決まったのでしょうか。
さて、あくる朝。
お屋敷の人々は、大勢で、屋根裏を片付けに来ました。そして、3つの箱をどけて、モミの木をはしごで降ろし、床に投げ出しました。
やがて1人の男が、モミの木を引きずって、庭へ出ていきました。こうして、モミの木は、また太陽と会うことができたのです。
「ああ!」モミの木は思いました。「これで生き返ったぞ!」
モミの木は、太陽の暖かさに包まれ、風に枝を撫でられました。
あまりに目まぐるしく周りが変わるので、モミの木は、すっかり自分の今を忘れてしまいました。
庭のぐるりにはばらが香り、若々しい木々が植えられて、鳥たちがさえずっています。
「さあ、いよいよこれから、ぼくはもういちど生きるんだ!」
嬉しくなって、モミの木は、思い切り枝をのばしました。
けれど、かわいそうに。モミの木の枝は、すっかり乾いて、皮ははがれ、黄色くくすんでいます。
そうして、かさかさに乾いたモミの木は、庭のすみっこに転がされていました。
くしゃくしゃになった金紙の星は、まだ頭のてっぺんにくっついていました。
その時、庭には、あのクリスマスの晩、ばあやにお話をねだった子供たちが遊んでいました。
そのうちのいちばん小さな子が、モミの木のところへやってきて、靴の下でモミの木の枝を踏み折りながら、金紙の星をもぎとってしまいました。
「見てよ! この汚い、古いモミの木にくっついてたよ!」
モミの木は、ようやく、今の自分の姿を見まわして、それから、ぐるりを囲むばらと、若い木々を見ました。
そして、これならいっそ、物置の中にいた方が、ずっとよかったと悲しみました。
それから、森に住んでいた若い自分を、輝かしかったクリスマスの夜を、自分の話を喜んでくれたねずみたちを思いました。
「もうだめだ、もうだめだ」モミの木は、すっかり乾いた体を震わせて悲しみました。
「もう、全部おしまいだ。幸せだったその時に、きちんと気づければよかった。もうだめだ、もうだめだ」
やがて、男がやって来て、モミの木を細かくわって、ひと束の薪にしてしまいました。
それから、大きな釜の下へ入れられて、モミの木には火がつけられました。
もうすっかり薪になってしまったモミの木は、その時、弱々しくため息をつきました。
そのため息は、薪が燃えてぱちぱちはじける音になりました。
庭で遊んでいた子供たちは、そばへ寄って来て、「ぱちぱち、ぱちぱち」とまねをしました。
モミの木は、ため息をつきながら、森の明るい昼のことや、星が輝いた夜のことや、太陽と、風と、鳥と、うさぎと、そして仲間たちを思っていました。
また、クリスマスの前の夜のことや、しまいに見ることのできなかった海のことを考えていました――そうするうち、薪はすっかり燃えてしまいました。
庭では、やっぱり子供たちが遊んでいました。
いちばん小さな子の胸には、くしゃくしゃの金紙の星が、太陽に照らされて輝いています。
それは、モミの木がいちばん幸せだった森で、いつも暖められていた光でした。
それは、モミの木がいちばん楽しかった夜に、頭にのっけてもらった物でした。
でも、モミの木も、モミの木のお話も、もうおしまいです。
おしまい、おしまい。どんなお話も、こうしておしまいになっていくのです。