ほかのおはなし
http://general-bbs.drrrkari.com/#/topics/49365
グリム童話
「ルンペルシュティルツヒェン」
アンデルセン童話
「ある母親の物語」
デュラチャ(仮)の掲示板です。雑談、イラスト、小説投稿、待ち合わせ、悩み相談等に利用してください。基本的なルールやマナーを守れない方はご利用できませんのでご了承ください。
「ルンペルシュティルツヒェン」
昔々、美しい娘のいる粉屋がありました。
さて、ある日、この粉屋は幸運にも王様とお話することができましたが、つい見栄をはって「私には、わらを紡いで黄金にできる娘がおります」と嘘をついてしまいました。
王様はその話がお気に召して、「それは素晴らしい娘だ。もし、本当にお前が言うようにできるなら、すぐにも召し連れてまいれ」と言いつけました。
粉屋はとんだことを言ったと後悔しましたが、まさか嘘をつきましたとは言えません。
そして、粉屋の娘が連れて来られ、王様に、わらが山のようにある部屋へ入れられると、糸車と巻枠を渡されました。
「さあ。さっそく仕事にかかるがいい。今夜のうちにわらを紡いで、この部屋を黄金でいっぱいにしなければ、お前の命はないと思え」
あっと言う間もなく、王様は部屋へ鍵をかけると、かわいそうな娘をひとりぼっちにしてしまいました。
もちろん、娘には、わらを黄金にするなどできっこありません。しかし、他に命が助かる方法も思いつかないので、おそろしくなって、とうとう泣き出してしまいました。
みるみるうちに夜になり、夜空に星がいっぱいになっても、娘は泣いていました。
ところが突然、ドアがぱっと開くと、1人の小人が顔をのぞかせて言いました。「こんばんは。粉屋の娘さん。なにをそんなに泣いているんだい?」
「ああ!」娘は涙をふきふき答えました。「私、朝までにわらを紡いで金にしなくちゃならないの。でも、どうやるのか、まったくわからないのよ!」
すると、小人は少し考えて、言いました。
「もし、それをやってあげたら、何をくれる?」
「私の首飾りよ」娘は、大きな真珠の1粒ついた首飾りを小人に差し出しました。
小人はそれを受け取ると、糸車の前へ座り――ぐるぐるぐる、たった3回転で、巻枠はいっぱになりました。
そして別の巻枠をつけて、また、ぐるぐるぐる――すると、2個目の巻枠もいっぱいになりました。
やがて、部屋に差し込む朝日が照らし出した巻枠は、どれもこれも、黄金の糸でいっぱいになっていました。
朝早く部屋を見に来た王様は、黄金を見ると、驚き、喜びました。そして、もっともっと黄金が欲しくなりました。
そこで、粉屋の娘を、前よりはるかに大きく、もっともっとたくさんのわらでいっぱいの部屋へ閉じ込めて、命が惜しければ、また黄金を紡ぐように命令しました。
娘はまたおそろしくなって、わらの山の中で泣いていました。
その時、またドアがぱっと開き、小人がひらりとあらわれて、「さあ、黄金を紡いだら、今度は何をくれる?」と言いました。
「私の指輪よ」娘が差し出した青い石のついた指輪を受け取ると、小人は糸車を回し始めました。そして、朝までにわらを全て黄金にしてしまいました。
王様はそれを見て、また喜びましたが、もっともっと欲が出て、娘をわらでいっぱいの大広間へ連れて行きました。
そして、糸車と巻糸を渡して、「これも夜のうちに紡ぐがいい。だが、もし成し終えたら、その時は私の妻にしてやろう」と言いました。
王様は、たとえいやしい粉屋の娘でも、世界中のどこを探したって、こんなに黄金をつくる者は見つけられないだろう、と考えたのです。
そうして、娘が1人になると、小人がやって来て、「今度もわらを紡いだら、何かくれるかい?」とききました。
ところが、娘は、涙を流して「あげるものは、もう何もないわ」と答えました。
「それじゃあ、君がお妃になったら、僕に最初の子供をくれると約束しておくれ!」と小人が言いました。
娘はそれをきくと、「そんな本当になるかわからないこと誰に約束できるのかしら――粉屋の娘が、王様のお妃さまですって!」と思いましたが、ついに約束してしまいました。
他に助かる方法もなかったからです。それで、小人はまた糸車をぐるぐるぐる――すっかり、大広間を山のような黄金でぴかぴかに光らせました。
さて、朝になって、やってきた王様が大広間いっぱいの黄金を見た後――粉屋の娘は、本当に、かわいいお妃さまになってしまいました。
季節は過ぎて、あくる年、お妃さまは、自分に似て美しい子供を産みましたが、その時にはすっかり小人のことなど忘れてしまっていました。
しかし、夜になって、お妃さまの部屋のドアがぱっと開いたと思うと、そこには、あの小人が顔をのぞかせていました。
「さあ!」小人は声も高く言います。「約束のものを僕におくれよ」
お妃さまはすっかりおそろしくなって、子供をとらないでくれれば、王国の宝物を好きなだけあげると小人に言いました。
しかし、小人は承知しません。「生きているものに比べたら、宝石だの剣だのに、いったいどれくらいの価値があると言うんだい? 世界中の宝物と並べても、子供の方がいい」
お妃さまは嘆いて、どうかどうかと小人にお願いしました。
それで、小人はお妃さまがかわいそうになって、「3日、待つよ。その間に、もし僕の名前を当てることができたら、子供のことはあきらめよう」そう約束しました。
それで、お妃さまは、夜も眠らないで、ありとあらゆる名前を考え、また、召使いを王国中、いえ、もっとはるか遠くまでやって、たくさんの名前を集めさせました。
さて、夜になって小人が再びやってくると、Aから初めて、知る限りの名前を全部、次から次へと言いましたが、小人はそのどれにも首を横に振るばかりです。
「それは僕の名前じゃあないよ」
2日目には、これまで聞いたこともないような珍しい名前を集めました。そして、夜になると、小人に、その普通ではない名前をありったけきかせました。
「あなたの名前は、ショートリブス? シープシャンクス、それとも、レースレッグ?」
しかし、小人はただただ、「それは僕の名前じゃあないよ」と言うだけでした。
約束の最後の日、王国の山々へ出かけていた召使いが戻って来て、お妃さまへひざまずきました。
「お妃さま。私は、3日の間、王国の山々を、小人の名前を求めてさまよいました。新しい名前はひとつも見つけられませんでしたが――高い山の森へ行った時です。
きつねとうさぎがわたしのそばで遊んでいた時です。小さな家を見つけました。人間が住むには小さすぎるへんてこな家で、その前では焚火が燃えていました。
その火のまわりを、小さな人影が、1本脚で跳びはねながら歌っているのがきこえたのです。それは、お妃さま、間違いなく、こんな歌でした。
『今日は焼いて、明日は調合、そのまた明日は子供をもらう。僕の名前はルンペルシュティルツヒェン、人間は誰も知らないぞ』
ルンペルシュティルツヒェン――きっとこれが、小人の名前に違いありません」
さあ、それをきいて、お妃さまがどんなに喜んだことか!
その夜、小人がやってきて、得意顔に「さあ、お妃さま、僕の名前は?」とたずねました。
はじめ、お妃さまは、「あなたの名前はコンラッド? それともハリー?」と言い、小人は「いいや」「いいや」と答えました。
「もしかして――あなたの名前はルンペルシュティルツヒェン?」
「ああ!」とたんに、ルンペルシュティルツヒェンは叫びました。
「悪魔がお前に教えたな! 悪魔がお前に教えたな!」
ルンペルシュティルツヒェンは、怒って、怒って、じだんだを踏み、あまりに強く足踏みをしたので、右脚が地面にすっかりめり込んでしまいました。
それで、もっともっと怒って、左脚を両手でつかんで、ぐいと引いたものだから、かわいそうに、体がまっぷたつにちぎれてしまいましたとさ。
「ある母親の物語」
昔々、小さな子供のいる、ひとりの母親がいました。
ある冬の日、子供はすっかり病気になってしまいました。母親は、子供が死んでしまうのではないかと心配して、夜も眠らずに看病していました。
子供の目は閉じたまま、息をするのにもつらそうです。ばら色だった頬は白く、熱いくらいだった手足はまったく冷えてしまいました。
母親は、時々、思い出したみたいに大きく溜息をつくと、悲しくなって、大切な小さな魂の上に、涙を流すのでした。
石すら眠りについたような、寒い、静かな冬の夜です。家の扉を、こつこつと叩く人がありました。
母親が驚いて扉を開けると、そこには、ぼろ布に身を包んだおじいさんが震えて立ちすくんでいました。
外はすっかり氷と雪ばかりで、おじいさんのぼろ布では、少しも寒さをしのげそうにありません。
慌てた母親は、おじいさんを家へ招き入れると、おじいさんを温めてあげるために、さっそくお湯を沸かす準備を始めました。
おじいさんは、お礼を言いながら、子供が寝ているベッドの傍の椅子へ腰かけました。
母親は、暖炉の火の上に鍋を置いて言いました。
「この子の命は、きっととりとめることができますわ」
おじいさんは、子供の顔を見ました。
「神様は、まさかこの子を私からお取り上げにはなりませんわね」
母親の話を聞いていたおじいさんは、妙なうなずきかたをしました。
それは、はいとも、いいえともとれるような、はっきりしない態度でした。
それ以上、おじいさんが何も言わないので、母親は、お湯が沸くのを待つ間、自分の膝をじっと見ていましたが、いつの間にか、居眠りをしてしまいました。
しかし、それは、ほんの少しの間のことでした。
母親がはっとして目を覚ますと、お湯はまだ少しも沸いていません。
「ああ、どうしたのかしら!」
家の中には、子供も、おじいさんもいなくなっていました。
隅の方で、古い時計がぐらぐらしたかと思うと、大きな音をたてて、鉛の振り子が落ちてしまいました。
かわいそうな母親は驚いて飛び上がると、子供を探して外へ飛び出していきます。
きっと、あのおじいさんが子供を連れ去ったのに違いありません。
子供の名前を呼びながら走っていると、雪の中に、黒い服を着た女の人が座っていました。その女の人は言います。
「さっき、死神が、あなたの家から出てきたのを見ましたよ。あなたのぼうやを連れていました。
なにしろ、死神は風みたいに早いんですから、でたらめに探しても追いつけませんよ。
それに、いったん連れて行ったものは、絶対に返してやらないんです」
「どの道を行ったか、教えてください!」
母親は叫びました――「教えてくれたら、きっと私は死神を見つけます!」
「ええ、ええ、私は死神がどっちへ行ったか知っているし、教えてあげます」
黒い服の女の人は、母親を見上げて言いました。
「だけど、教える前に、まず、あなたがいつもぼうやに歌ってあげている子守唄を、私に歌ってくれなくてはなりません。
すっかり、残らずですよ。私は子守歌が好きで、いつも聞いているんです。それはたくさん聞いてきました。
私は今夜、あなたがぼうやに歌ってあげながら、泣いていたことも知っているんです。
もうずいぶん昔からそうして、たくさんの歌を聞いているのに、誰も私に向けては歌ってくれたことはないんですよ」
この女の人は、夜でした。
「歌います、歌います! みんな歌ってさしあげます!」
母親は手を揉み絞りながら、歌っては泣きました。こうして引き留められている間にも、子供のことが思いやられます。
やっとのことで母親が子守唄をすっかり歌うと、夜が言いました。
「向こうの暗いモミの木の森の中へ、死神とぼうやが入っていくのを見ましたよ」
森を進むと、奥の方で、道が十字になっていました。母親には、どの道を行けばいいのかわかりません。
すると、道の傍に、葉も花もなく枝ばかりの、寂しげないばらのやぶがありました。
母親は、いばらに訊きました。「もし! ここを死神が通りませんでしたか?」
「見たとも!」いばらは答えました。
「でも、教えてやる前に、お前の血でおれをあたためておくれ。
冬のやつに葉も花も取られて、おれはもう凍えそうなんだ!」
母親は、いばらにしっかりと身体を押し当てて、あたためてやりました。
いばらのとげが肉に刺さり、大粒の血がたくさん流れます。
すると、血の落ちたいばらは緑の葉を茂らせ、この寒い冬の中で花を咲かせました。
それほどに、子供を想う母親の血はあたたかだったのです!
いばらは、死神がどの道を行ったのか、教えてくれました。
しばらく進むと、母親は、大きな湖に出ました。
死神を見つけるには、この湖を渡るしかありません。しかし、船などどこにもありませんでした。
湖に張った氷は、母親を支えられるほど厚くはありませんでした。しかも、氷の下の水の深く暗いことといったら!
母親は、思わず湖に身を投げ出そうとしました――
「だめだ、そんなわけにはいかないよ!」母親を止めたのは、湖でした。
「ところで、ものは相談なんだけれど、ぼくは真珠が大好きなんだ。
あなたの目は、ぼくがこれまで見た中で、いっとう綺麗で大きい。まるで真珠みたいだ。
どうだろう、あなたがぼくのために、その目をくれるなら、ぼくはあなたを向こう岸まで運んであげる。
向こう岸には死神の温室があって、死神はそこに住んでるんだ」
「ありがとう! ぼうやのためなら、どんな物だって、あげない物はありませんわ!」
そう言いながら、母親は涙を流し、あんまり涙を流したので、とうとう、目まで流れ落ちてしまいました。
落ちた目は湖の深くに沈み、ふたつの美しい真珠になりました。
それを見届けた湖は、母親を持ち上げると、あっという間に向こう岸へ運んでくれました。
そこには、これまで誰も見たことのないような、大きな大きな家がありました。家の向こう側など、かすんで、全部は見えません。
もっとも、かわいそうな母親には、どんなに大きい家も、今はちっとも見えませんでした。母親の目は、湖の真珠になってしまったのですから。
「死神は、まだ戻っていらっしゃらないよ」
家の門には、おばあさんが座っていて、母親に言いました。
「だけど、なんであんたなんかにここがわかったのかね。誰に助けてもらったんだい?」
「神様がお助けくださいました!」母親は答えます。
「神様は情け深く、お優しい方です――きっとあなたもそうでしょう? 私のぼうやは、どこへ行ったら見つかるでしょう?」
「知るもんかね!」おばあさんは忌々しげです。
「だいたい、あんたは目が見えないじゃないか! どうやってぼうやを探せるもんかね!
――あんたは知らないだろうが、人は誰でも、その性分に応じて命の花をもっているんだよ。
ちょっと見ただけじゃ、ただの花と違わないが、よく聞けば、心臓の音がするんだ。
その音を頼りに探してごらん。あんたのぼうやが見つかるかも知れない。
さて――これから先、あんたがどうしたら良いか、教えてやったら、私に何をくれるかね?」
おばあさんは、死神の家の温室の世話をする、墓守でした。
墓守に訊かれて、母親は悲しくなってしまいました。
「もうなんにも、私にはさしあげられるものがありません。
けれど、行けと言うなら、世界の果てまでも、あなたの欲しい物を探してまいります」
墓守は少し考えると、「あんたの、その黒髪をくれたらいいじゃないか」と言いました。
「私は、その髪が気に入ったよ。あんたも自分の髪の美しいことくらいは知っておいでだろう。
代りに、私の白い髪をあげるとしようよ。それでどうだい」
「喜んで、この髪をさしあげます!」
それから母親は、墓守に手を引かれて、温室の中へ入りました。
温室の中は、色とりどりの花でいっぱいでした。
ほっそりしたヒヤシンス、みずみずしいチューリップ、スイセン、アザミ、キク、ガーベラ――
あるものはとても元気がよく、あるものは病気で、またあるものは、ヘビに巻き付かれていたり、今にもサソリに茎を切られてしまいそうになっていました。
大きな花が、小さな鉢に植えられていて、今にも鉢が割れそうになっているものもあります。
小さくて弱々しい花が、よく肥えた土で、大切に守られていたりもします。
そのどれもが、人の命と繋がっていて、そして、咲いている花は生きている人の命そのものでした。
母親は、その花のひとつひとつの前にかがんでは、耳を近づけて、心臓の音を聞きました。
そして、とうとう「これです!」と叫んで、小さな青いサフランに手を伸ばしました。
そのサフランは、しおれかけて、くたびれたように項垂れていました。
「さわっちゃいけないよ」墓守がたしなめます。
「そこへ立っていなさい。もうじき、死神が戻っていらっしゃる。
戻っていらっしゃったら、枯れた花と新しい花をお植え替えなさるから、あんたは、そのサフランを引き抜かせないようにするんだ。
大丈夫、いざとなったら、あんたが他の花をでたらめに引っこ抜いてやると脅してやればいい。
そうすれば、死神は必ずお困りになる。神様とのお約束を違えることになるからね」
その時です。にわかに氷のような風がさっと走ったかと思うと、目の見えない母親にもそれとわかる気配が、温室に現れました。
「お前はどうして、ここの場所がわかったのだ?」死神は母親に言います。
「どうして、私の温室に入れたのだ?」
「私は母親ですもの!」
母親は、サフランの花に死神が触れないよう、手で包んで隠しました。
すると、死神が母親の手にふっと息を吹きかけます。
その息は氷よりも冷たく、針よりもするどく、母親の手はしびれて、自由がきかなくなってしまいました。
「私にさからおうなどとしても、無駄だぞ」
「でも、神様のおぼしめしがあれば、できます!」
「私の仕事は、その神様のおぼしめし、そのものだ!」
死神は声を強くして言いました。
「私は神様の庭師だ。この神様の庭に花を植え、神様がお選びになった花を、この庭から、別の場所へ移す。
だが、その場所のことや、そこでどんな風に花が育つか、それを人間に教えてやることはできないのだ」
「どうぞ、どうぞ、私のぼうやをお返しください!」
母親は叫ぶと、すぐ近くにあった元気で美しい花に、手を伸ばしました。
「お返しいただけないなら、あなたの仕事をめちゃくちゃにしてやります! もう、構うもんですか!」
「触るな!」死神は叫びました。「お前は、自分が不幸だと嘆きながら、他の母親も不幸にするのか!」
それを聞いて母親は、短い悲鳴を上げて、花から手を引きました。
死神は、さまよったままの母親の手をとると、その手に真珠を乗せました。
「これはお前のものだろう。湖の底で光っていてな、ついもらい受けて来たのだ。
さあ、取り戻すが良い。湖のやつが磨いたものだから、前よりもよく見えるだろう。
その目で、お前の傍の井戸を覗くのだ。そうしたら、お前の子供の名前と、今、お前が引き抜こうとした花の名前を呼んでやろう。
井戸の底に、その花の行く末と、人生とが見えるはずだ。お前がたった今、何を滅ぼそうとしていたのかを見るが良い」
言われて、母親は井戸の底を覗きました。
そこには、ひとつの命が、祝福され、また、多くの祝福を世界に与えているのが見えました。
それは見るからに、優しく、心のあたたまる、喜びに満ちた人生です。
もうひとつの命は、悲しみと痛みで溢れていました。
多くの命に傷つけられ、また、多くの命を傷つける、恐れと不幸に満ちた人生です。
「そのどちらも、神様のおぼしめしなのだ。これが誰の人生なのかは教えまい。
ただ、この行く末のどちらか片方は、お前の子供の花のものだ。お前の子供の人生なのだ」
死神の言葉を聞いた母親は震えて、死神の足元に身を投げ出して叫びました。
「どちらが私のぼうやなのでしょう! どうぞ、おっしゃってください!
罪のない子をお救いください! あんな、あんな不幸な目には合わせないでください!」
「お前の言うことは、私にはわからない」母親の言葉をさえぎって、死神は言います。
「お前は、自分の子供を返せと言うのか。それとも、神様のお望みのままに、別の場所へ連れて行けと言うのか」
母親は、指が白くなるほどに手を組んで、喉から血が出そうなほどの声で祈りました。
「神様! あなた様の御心に背きますような私の祈りは、どうか聞き届けないでくださいまし!
あなた様の御心こそ、本当でございます! どうか、どうか、この愚かな母親の祈りをお聞き入れくださいますな! お聞き入れくださいますな!」
そうして、母親は真珠の目を強くつむったまま、何も言わなくなってしまいました。
死神は、青いサフランの花を引き抜いて、温室を出ていきました。