電車に揺られて着いた名の知れぬ町。夜になりかけた空に馴染むような淡い灯が空っぽだった私の心にじんわりと沁みて、とぼとぼと足をうごかした。
「いらっしゃい!見ない顔だねぇ。ま、ゆっくりしてきな」
入ったのは横丁の居酒屋。私は目に映った光景に思わず停止した。もちろん皆人の形をしているのだが、二股の猫のしっぽが揺れ、目が三つ、一つ。中にはただの人間もいるようだが、どうもここはリアリティを塗りつぶした場所のようだ。
「へぇ、じゃあ、あんたはここがどこだかまだわかんないってわけか。はははっ、そりゃあ驚くのも無理はねぇな」
結局、席に座るモノ達に怯える気持ちよりも、居酒屋から滲む暖かな雰囲気に流されて席に座った。
店主の出してくれた水を飲み干し、私は今の心情も、ここに来た方法も、辛かったことも全てを語った。その間彼はじっくりと話しを聞き、相槌を打っていた。
ここのモノ達に驚いていた私を見ていたのか、大きく笑いながら酒を嗜むモノ達を見回した。
「ここは桜庭町っていってな。妖怪、幽霊、もちろん人間も。ありとあらゆる奴らが集まって生活している所さ。普通じゃたどり着けない。この町で祀ってる神が人間や幽霊を連れてくるんだ。
あんたさっき人生をやめたいって言ってたじゃねぇか、それを神が聞いたんだろうな」
私の迷い込んだ場所はどうやら本当に人間の世界ではないらしい。けど、人間界より暖かく、先程から隣の席の猫又は私の話を聞いていたのか酒を片手に泣いていた。
そんな情に溢れたこの場所で、私も涙を零していた。
「ここまでよく頑張ったじゃねぇか。暫くはこの桜庭町にいたらどうだ?ちっと家族や友達に心配かけちまうかもしれねぇけど、そんくらいがちょうどいい」
店主の大きな手が私の頭を優しく撫でる。気を利かせて猫又が頼んでくれた酒を飲み、アルコールで和らいだ脳はこの場所を選んだ。
—疲れたのならおいで—